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「……ん、」
体が、ひどく怠い。
ずん、と腰の重みを感じて……しかし不快ではない、そんな怠さと共に、契は目を覚ました。カーテンの隙間からは光が差し込んでいる。もう、朝になってしまったらしい。
「……え、……うわっ……」
いつものように、二度寝を決め込もうとした契。しかし、ふと感じた温もりに、気付く。
自分の隣で、寝ている氷高。すう、と気の抜けた顔で、氷高が一緒に寝ていたのだ。
「……!」
びっくりして、恥ずかしくなるのと同時に。契は、妙な高揚感を覚えた。
氷高の寝顔。すごく、珍しい。
髪の毛は乱れていて、そして年相応に表情はゆるんでいて。こんな顔、見ることができるのは……もしかして、世界に一人だけ、俺だけ? そんなことを思うと、どきどきとしてきてしまったのだ。
「……あれ、契さま……」
「あっ」
じっと、そんな氷高の寝顔を見つめていると。氷高が、ゆるりと瞼をあける。
「おはようございます……契さま」
「えっ……、あ」
氷高は契の姿を認めると、ふ、と柔らかく微笑んだ。そんな、甘く優しい微笑みに契がどきっとしていると、氷高がそっと契の頬に手のひらを添える。そして……そっと、唇を寄せてきた。
キス、される。
そう感じ取った契は、顔を真っ赤にしながらそっと目を閉じる。微睡みの朝、柔らかな朝日のなかで……ひとつのふとんのなかで、キス。なんだかすごく嬉しくて、契がじっとキスを待っていると。
「はっ」
「えっ」
「しまった……すっかり契さまのことを恋人だと思っていた」
「えっ?」
がばっと氷高が起きあがって、乱れた髪の毛を手櫛で整え出す。
……そうだった。恋人の練習は、昨日で終わりだ。今は、もう……ただの主人と執事だ。
つい浮かれていた自分が恥ずかしくなって、そしてなんでこんなに自分が浮かれているのかわからなくて。契は慌てて起きあがる。
なんで、こんなに残念な気持ちになっているのだろう。
「……着替えをしてから、改めて挨拶させていただきますね。こんな格好では、執事なんて名乗れない」
「えっ、う、うん……」
ベッドから抜け出して、着替えを始めた氷高。昨夜、契を抱いたままの格好から、みるみるうちにいつもの執事姿に変わってゆく。
契は、そんな氷高を見つめながら……本当に、昨日の恋人のような時間は練習だったのだと、実感した。氷高もあんなに熱烈に迫ってきたくせに……すっかり、いつもの素敵な執事様になってしまっている。
「ひ、氷高……」
「……はい?」
「あっ……な、なんでもない」
なんなんだろう。氷高は、何を考えているのだろう。
氷高は異常なくらいに自分のことが好きなのだと、そう確信していた契は、その氷高の変わり身にただただびっくりしてしまった。そして、ちょっぴり寂しく思ってしまった。
「……契さま」
「……、」
服装を整え終えた氷高。何を考えているのか、全くわからない彼。
そして……わからないのは、彼のことだけじゃなくて。
「おはようございます。いい朝ですね」
自分自身の、心も、わからない。
第二幕・Fin
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