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「ふ、ふうん。あそこの部屋に篠田莉一がいるんだ。ふうん。俺は自分の部屋にいるから。うん」
「……」
屋敷についてからの契の落ち着きのなさといったら、それはもう、すごいものだった。篠田莉一がいると教えられた部屋を遠くから見てはそわそわと落ち着きなく周囲を徘徊し、そして部屋に戻ろうとして……また、うろうろと歩き出す。
「篠田莉一が気になる」、そんな契の気持ちは一目瞭然だった。
「篠田様はご友人とプライベートで来ていらっしゃるみたいですよ。ほかにも芸能人の方が何人かいらっしゃると思います」
「ふうん……篠田莉一がプライベートで……ふう~ん」
「……篠田様が気になるんですか?」
「べっ、べつに。最近人気だからよく耳にするってだけで……べつに、かっこいいとか憧れているとか、別に……そんなこと」
「……」
氷高はそんな契を見て、複雑そうな顔をしている。しかし、契はそんな氷高のことを気にすることもなく。
「契さま、お部屋に戻りましょう。あんまりここにいると……」
「あっ」
部屋に戻るのを渋るように、もたもたとその場を動かなかった。そうしてると。
篠田莉一がいるという部屋の扉が開き、中から人が出てくる。そしてーー
「ん?」
「えっ、あっ、」
「真琴さんの息子さん? こんにちは」
その人物と、目が合ってしまった。彼は――そう、契が気になって仕方のなかった彼・篠田莉一。彼の向かう方向からして、手洗いに行こうとしていた、というところだろう。莉一は契を見るなりにっこりと微笑んで、近づいてきた。
「ちょっとお目にかかりたい」とは思っていたが、本当に彼を直接見ることができるとは思っていなかった契は、びっくりしてしまってかちんと固まってしまう。
「僕は篠田莉一っていいます。はじめまして」
「はっ……初めまして……! せっ……契です、鳴宮 契です」
「契くん。よろしくね」
莉一は氷高に一礼をすると、契の目の前までやってくる。そして、口をぱくぱくとさせてしどろもどろになっている契の頭をぽんと撫でると、すっと顔を近づけてきた。
「契くんは……真琴さんに似ているね。綺麗な顔をしている。俳優とかにならないの?」
「えっ、い、いや……俺は……」
「綺麗な顔」と言われた瞬間に、契はかあっと顔を赤らめた。その瞬間、氷高が小さく咳払いをする。莉一はそんな氷高をちらっと見つめると、またにっこりと微笑んで見せた。
「執事さん、契くんは……この後、用事あるんですか?」
「……いいえ。決まった予定はございません。ですが……この後契さまはお勉強を、」
「予定がないなら調度いい。真琴さんにご飯をいただいたら、帰ろうと思っていたんです。契くん、お借りしてもいいですか?」
「……なぜ?」
「契くんとデートしたいなあって」
「へっ!?」
「デート」、その言葉を聞いた瞬間に、契と氷高は顔色を変えた。
契はぱっと顔を真っ赤に染め、そして氷高は眉を寄せ不愉快そうに目を細める。
「契さまは夜遊びをしている暇など、」
「いっ、行きます、いきたいです莉一さん!」
「せっ、契さま」
契は僅か声をこわばらせた氷高を押しのけて、莉一の前に躍り出る。
初めて会った莉一が、なぜ急に「デート」などと言ってきたのかわからない。しかし、契はその誘いに迷いなくのった。憧れの篠田莉一とお近づきになれるチャンス、逃すわけにはいかない。
「よかった。ちなみにお泊まりとかは大丈夫?」
「おっ、おとまり!?」
「僕の家、けっこうここから近いんだ。招待しようかなって」
「いっ、いいんですか!? えっ、ほんとに!?」
ぽんぽんと事が進んでゆく。氷高は苦い顔をしていたが……嬉しそうにしている契を、無理矢理引き留めるわけにもいかない。黙って、二人の会話を聞いていた。
結局、契と莉一はこの後二人で外に出ることになってしまった。氷高は最後まで納得のいかない顔をしていたが……契はそんな氷高のことは眼中にないとでもいうように、莉一に向かって満面の笑みを浮かべていた。
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