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「おめでとう。中学卒業したんだ、氷高」
「ありがとうございます」
中学の卒業式の日を、今でも覚えている。同級生たちとの別れを済ませて俺がまっすぐに向かった先は、契さまのもとだった。その日、俺は正式に契さまの執事になったのだ。
初めて出逢った日から、彼の世話をしながらもまるで友人のように付き合ってきて。けれど、中学を卒業すると同時に、契さまと俺の関係には金銭が発生するようになった。俺は契さまの執事となり、そして給料ももらうようになる。でもやはり、敬愛する契さまのそばにいるということが「仕事」になることに違和感を覚え、俺は契さまの世話を無償ですると申し出ていた。しかし、俺のやっていることは執事の仕事そのものだということで、結局俺は雇われの身となったのだった。納得はいかなかったが、契さまの執事となれたこと自体は嬉しかった。
正式に執事になった俺を、契さまは鳴宮家の庭にある薔薇園へ誘い出した。芳しい薔薇たちのなかを歩いてゆく契さまの後ろ姿に俺は、ただただ見蕩れていたと思う。
「今日からおまえは、俺の執事だね」
「ええ」
「……うん。おまえは、鳴宮家との契約で、執事になった。お金は、俺の父さんからもらうから」
「……契さま?」
契さまが、ゆるりと薔薇に手を伸ばす。そのとき見えた契さまの横顔は、あまりにも美しくて胸が締め付けられた。薔薇を見つめる契さまの伏し目がちな瞳を、長いまつ毛が飾る。きゅっとした唇は、薔薇の花びらを食む幻覚をみせるよう。
契さまの横顔は、どこか物悲しかった。薔薇に触れた指先に、何を思っているのだろう。
「今、ここには俺とおまえしかいないよ」
「……?」
「……ここで、誓えよ。永遠に、俺の執事になるって」
ぴ、と薔薇の刺が契さまの指先の皮膚を切る。切れたところからはぷつりと血が膨れ、雫となってこぼれ落ちた。契さまはそれを見つめると、すっと俺の前に差し出してくる。
――俺は、無意識のうちに契さまの前に跪いた。そして、差し出された手をとって、唇を寄せ――傷口に、口付けをする。唇に生暖かい血が付着して、俺がそれを舌で舐め取れば、契さまが親指で俺の唇を撫でた。
「契さま……私は、一生――貴方の執事でいます。貴方のもとで、生きていきます」
「……ふん。よろしい」
まるで、用意された台本を読み上げるように、俺の口からはすらすらと誓いの言葉がでてきた。きっと、魂にこの言葉が刻まれていたのだろう。俺は、契さまに仕えることに心からの歓びを覚えているのだから。
契さまは俺の言葉を聞くと、嬉しそうに声を上擦らせた。そして、俺の顎を掴むと、くいっと持ち上げてくる。
見上げた先に在った契さまの顔は、まるで王のように堂々としていて、そして女神のように慈愛に満ちていた。
「いいよ。俺も、おまえのご主人さまになってやる。おまえにとって、世界一の、ご主人さまに」
噎せ返るような薔薇の香り。燦々と降り注ぐ午後の太陽の光。
俺を見下ろす、威風堂々とした契さま。俺はそんな契さまを目に焼き付けるようにずっと見つめていた。あまりにも、美しかった。
俺は、この時誓ったのだ。
何があっても、この人のそばにいると。
第四幕・fin
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