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特に予定の決まっていない日曜日は、あっという間に時間が過ぎてゆく。朝早く起きたはずなのに、もうすでに昼になってしまっていた。のんびりとDVDをみたり本を読んだりしていたような気がするが、頭はぼんやりとしたままで、午前中の記憶があんまりない。契は魂が抜けてしまったような感覚に鬱屈としながら、あまり味のしない昼食を食べて……また、どうやって時間を過ごそうかと考える。
この、「何かが足りない」という感覚はなんだろう。答えのでないモヤモヤを抱えて、契は廊下を歩いていた。意味もなく壁に飾ってある絵画を眺めては、ため息をついて。
「……」
歩いてゆくと、氷高の部屋の前にたどり着いた。何年も一緒にいたのに、たった一度しか入ったことのない、氷高の部屋。友人の部屋なんかは何回か入ったことがあるのに……氷高の部屋は、一度だけ。おかしなことなんかではない。契と氷高は、主人と執事という、言ってしまえば金で繋がっている関係。プライベートに入っていく必要なんて、ないのだ――そう、わかっていた。わかっていたから、切なくなった。
結局、氷高との関係なんて、その程度だったのだろうか……そう思ったから。
「なんなんだよ、あいつ」
距離が離れると、どんどん悪いことを考えてしまう。このままドイツから帰ってこないんじゃないかとか、ドイツで美人と出逢ってしまったりするんじゃないかとか、そもそもあっさり渡独を決意したのは俺のことなんてどうでもよかったからなんじゃないか……とか。
切なくなって、そして無性に氷高のことが恋しくなって。もう一度、強く求められたい……そんなことを思って。
契は、無意識に氷高の部屋に入ってしまった。人の部屋に勝手に入ることがいけないことだなんてわかっていたが、この扉を開ければ彼がいるんじゃないかなんてくだらない妄想を抱いてしまったのだ。
「……あほらし」
もちろん、部屋には誰もいない。しんと静かな空気が立ち込めている。
契は一瞬でもおかしなことを考えてしまった自分を、嘲笑った。そして、その瞬間に恐ろしいまでに寂しくなった。導かれるように歩いて行き――氷高のベッドへ。そして、ゆっくりと体を沈めていく。
「氷高、……」
そっと、下着の中に手をいれる。固くなったものが、熱を持っている。
「……あ、」
じんじんとしてきて、無意識にそこに触れてしまった。そうすれば、じわ、と快楽が広がっていって、頭のなかがふわふわとしてくる。まるで……氷高に抱かれているときのように。
なぜ、こんなことをしているのか、自分でもよくわからない。けれど、あの熱が、あの熱こそが、氷高を支配している証。氷高がこの体を求めている証。そう考えると、こうしてあの熱を探すように、自らの体を弄びたい、そんな衝動にとらわれてしまう。
契には、これが俗に何と呼ばれる行為なのか、わかっていない。しかし、イケない行為だということは流石にわかっている。氷高のベッドで、氷高の布団をかぶって、そして気持ちいいところを弄っている……そんな行為、どう考えても、普通の行為ではない。
けれど……止まらなかった。切ないほどに氷高のことだけを考えて、そして、こうして彼の匂いに包まれていると、体の奥の方がきゅんとしてしまって、どうしようもなくなるのだ。
「ひ、だか……んっ、……んぅ……」
ぎにゅ、とそれを掴み、そして親指でくにくにと先っぽをいじくり回す。そして、そうしてそこを気持ちよくしながら、指をしゃぶった。ちゅぱちゅぱと指と舌をまぐわらせながら、空港での氷高とのキスを思い出す。
こうしていると……氷高にキスをされながら体をいじられているようだ。すーっと息を吸い込めば、布団から氷高の匂いがいっぱいに入り込んでくる。ほんとうに気持よくて、酩酊感すらも覚えるほど。
「あ……は、ぁ……ん、……く、……」
溢れる声は、ため息混じりの甘いもの。じゅくじゅくと溢れ出る快楽を焦らすように、ゆっくり、ゆっくりと自らを追い詰めていけば、熱くなった体が悲鳴をあげる。頭のなかに氷高を思い浮かべれば、ゾクゾクと体の芯が震えて、視界に星が散った。
「はっ……あぁああぁ……」
ぱち、と熱が弾けるような感覚を覚え、契は慌てて根本をつかむ。氷高の布団の上で、出すわけにはいかない。そんなことをしてしまったら……氷高に、バレてしまう。氷高のベッドの上で……こんな、……こんな、氷高を求めるようなことをしてしまっているということが。
おかしい。自分は、おかしいと契は思う。これは、絶対にただの主人と執事の関係ではない。昔は、こんなことをしたりしなかった。それなのに……今は、もう、ただの主人と執事の関係では足りないと感じている。そこにあるのは確かに執事である氷高を支配したいという独占欲だけれど、それとはまた違う、不可解な感情が生まれているような……そんな気がする。
「あ、……あぁ……」
胸が、ぎゅうぎゅうと締め付けられて、痛い。それと同時に、もっともっと、熱いものが、欲しくなる。氷高がただの一人の男のように、抱いてきた――あのときの、熱いものが。
契は口から指を引き抜いて、そろそろと下腹部へ伸ばした。どきん、どきん、と心臓が高鳴ってくる。いよいよ、してはいけないことをしている……そんな気がした。
けれど。
「アッ……は、ぁあぁん……」
指を、なかに、挿れてしまった。
その瞬間に、中がギューッと激しく締まり、ガクガクと下半身が震える。氷高に抱かれて、イッたときのことを思い出したのだ。なかに指が入ってきた感覚で、その絶頂の感覚を呼び起こしてしまったらしい。
「あ……、あぁ……」
契は射精しないように根本を握りしめたまま、なかに挿れた指をくちくちと動かし始めた。初めて自分の体内に挿れた指をどう動かしたらいいのかわからなくて、でも、氷高がしてくれたように気持ちよくなりたくて……なんとなくで動かす。それでも、氷高のことを想いながらこの場所でするこの行為は、切なさと背徳感があって、たまらなく気持ちよかった。
「ぁ……ん、……ひだか、……ん、……あ……」
(はやく、もどってこいよ、……氷高、……馬鹿、はやく、……俺を、……こんな風に、……)
「んっ……ん、ぁあっ……あ……!」
(俺だけの、……氷高――……)
気付けば、氷高に突き上げられている時の感覚が恋しくなって、指をぬぽぬぽと抜き差ししていた。指を動かす度に体がビクンッビクンッと震えて、出てしまいそうになる。もうすでに、先っぽからは透明の液体がとろとろと流れ出ていて、根本を握る手はぬるぬるだ。必死に、必死に出るのを堪えているが……氷高への想いを募らせる度に、快楽が大きくなっていって……
「ひだかっ……ひだか――……っ」
ばちん、と鋭い快楽が、弾ける。契は慌ててなかから指を引き抜いて、弾けそうになったペニスの先っぽを包み込むようにして握った。その、瞬間。どぴゅっ! と勢い良く白濁が飛び出してくる。そうすれば、体いっぱいに詰まっていた熱が引いていくような心地を覚えた。びく、びく、と震え続けているペニスを握りながら、契は放心したように、はあはあと息を吐く。
一気に、喪失感がこみ上げてくる。自分がしてしまったことへの、罪悪感もこみ上げてくる。
しかし――それ以上に、こんなことをしてしまった自分が、わからなくなってしまった。なぜ、氷高のことを考えただけでこんな気持ちになってしまったのだろう。きりきりと、胸が痛むようなこの気持ちは、一体なんなのだろう。
「はやく……かえってこいよ、ばか……ひだか……」
ぽろ、と涙がこぼれてくる。イッてしまって、くたりと力の入らない体をベッドに預けて、契は流れる涙にしたがって、小さく、すすり泣いた。
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