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 氷高が映画に興味があることは、昔から知っていた。一緒に映画を観れば、カメラワークや物語の構成、スタッフなど妙に凝ったところばかり注目して観ている。ビデオショップに行けば、契が気になったビデオ全ての解説ができるくらいに、映画に詳しい。ハリウッドの翻訳家だという叔父に会うらしい日の氷高は、やたらと機嫌がいい。  ――氷高が昔抱いていた夢を、聞いたことがある。映画監督になること。けれどそれは、鳴宮家で執事として働くと決めた日に捨てた、そう氷高は言っていた。 『執事より、映画監督のほうがかっこよくないか?』 『……わからないです。けれど私には、――……』  捨てた夢をもう一度追えなんて、契は言うつもりはない。氷高にとって映画監督よりも執事のほうが性に合っているというなら、それでいいと思う。  けれど――エーゴン監督と一緒に写っている氷高を見た瞬間に、その考えは間違っているのではないかと思い始めてしまった。執事が性に合っているのではない……執事という仕事が辞めたくとも辞められないのではないかと。契に対して永遠を約束するようなことをずっと言ってきたから、自らがその言霊に縛られてしまっているのではないかと。 「……」  契は写真を見て……そして、目頭が熱くなってくるのを感じた。氷高の嬉しそうな顔を見て、胸が苦しくなってきてしまったのだ。  本当は、氷高は夢を追いかけたかったのかもしれない。だって、彼はまだ若い。夢を捨てるには早すぎるし、夢を叶える力だって持っている。契は、自分の存在が氷高にとって重荷になってしまっているのではないかと、そんなことを考え始めてしまった。  ……こんなことを考えるのは、初めてだ。自分の存在が、誰かにとって邪魔になるなんて、そんなこと絶対にありえないと思っていた。こうして自分自身を卑下する日がくるなんて、思っていなかった。契は、自分で自分を攻撃するということを、今までしたことがなかったのだ。だから、こうして氷高のことを考えれば考えるほどに、苦しくなる。「あいつにとって俺が一番であるべきだ」とそんなことも言えないくらいに、心が弱ってくる。 「……氷高、楽しそう」  スマートフォンの画面を見つめ、契は鬱屈とした気分になってしまう。画面に映る彼が、まるで――自分の知らない人のようだった。

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