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――今日、氷高は帰ってくるらしい。  氷高が日本を出て、約二週間。長いようで短い、そんな日々が終わりを告げる。ただ、帰ってくるのは夜になるようで、契が実際に氷高と対面するのは翌日の朝になる予定だった。  長い旅というわけでもないため、その日の屋敷の中の様子はなにも変わらなかった。特別、慰労会をするというわけでもなく、屋敷の者たちはのんびりといつもどおりの日常を過ごしている。  しかし、契はというと――……そうではなかった。氷高と顔を合わせるのが怖くて、心が波立ち騒ぎ、落ち着かない。 『執事、やめてもいいよ』  ――そう言おうと、思っていた。  自分の存在が、彼の夢にとって邪魔なものならば。それならば、彼にここから飛び立ってもらう――契はそう決意した。  けれど、ずっと一緒にいた氷高と離れ離れになるのが本当は怖い。きっと、心は粉々に、砕け散る。氷高に別れを告げた瞬間、自分の心が狂ってしまうのはわかっていたから、契は氷高と再開するのが怖かったのだ。 「……」  今まで氷高と過ごした日々を思い出して、契はぽろりと涙を流した。今まで氷高が居るのが当たり前だったから、彼がいない生活を想像できない。もし、この二週間のような切ない日々を一生過ごすのなら……自分は耐えられるだろうか。  傍に、居て欲しい。あの瞳で、見つめて欲しい。熱い指先で、触れて欲しい――……  考えれば考えるほど、氷高のことが恋しくなる。彼と離れたくなくなる。こんなにも自分が氷高に依存していたなんて、知らなかった。彼の存在がこんなに大きなものなんて、知らなかった。  涙が、止まらない。泣いても泣いても、嗚咽がこみ上げてくる。 「氷高、……ひだか、……」  布団をかぶって、契は声をあげて泣いた。こんなに哀しい気持ちになることは初めてで、感情を制御することができなかった。

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