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「なんだか面白いことになっているのねえ」
せっせと紅茶を淹れている契を眺めているのは、氷高と真琴だ。真琴は夜から仕事がはいっているらしく、昼間はまだ屋敷でのんびりしているらしい。
真琴から見ても、契が紅茶を淹れている光景は面白いもののようだ。慣れない手つきでたどたどしく紅茶を淹れている契を、にまにまと笑いながら眺めている。
「なんでこんなことになってるの? 」
「契さまからのご提案で……」
「仲良いのねえ。あの子、他人にお茶を淹れるなんて絶対やらないわよ。すっごいプライド高いから」
「たしかに、そうかもしれませんね」
プライドが高くて人にお茶を淹れないどころか、ついさっき自分に懐柔されていましたよ、とは氷高は言わない。
しかし、真琴の言う通り、これはなかなか見れない光景だ。契が他人のために、必死にお茶を淹れるなんてなかなかないもの。ぷるぷると震えながらポットを傾けている姿なんて、国宝級の貴重さだ。
氷高はぼんやりとその姿を眺めながら、にやけそうになるのを堪えていた。今、契は何を考えているのだろう。ついさっき、激しいキスをしたこと、頭に残っているだろうか。そのお茶を淹れる動作は、いつもの氷高を思い浮かべながらやっているのだろうか。何もかもが、愛おしい。たまにはこんな休日もいいと思う。
「悠維くん……悠維くんって、彼女できた?」
「えっ、突然なんですか!? できませんよ」
「だって……契のこと愛おしそ~に眺めて。契にそんなにゾッコンだと、いつまでも彼女できないわよ?」
「い、いえ……私は、彼女とかは…… 」
「それとも、契のことが好き?」
「ん、……ぐふッ」
「おまたせ致しました」
とんでもないことを追求されている、と焦った氷高だが、そのタイミングで契が二人にお茶を運んできた。全く事情がわかっていない契は、むふーっと満足げな顔をしながらテーブルに紅茶を並べている。
真琴はそんな契と、氷高を交互に見比べた。勘繰られている、と内心冷や汗を流す氷高は、契の何も知らないといった表情にかえって焦燥を覚える。
「契~ 」
「なに?」
「悠維くんのことどう思ってるの?」
「え? どうって……」
「好き?」
ちょっと待って!と氷高は声をあげそうになった。真琴のあまりにもストレートな質問に、氷高は度肝を抜かれたのである。
なぜそんなに疑いもなくその質問を契に投げかけられるのか。氷高と契は主人と執事である以前に男同士である。世間的に見れば恋人関係になるなんて大変なことなのではないかと、氷高は考えていたのだ。しかし、絃も真琴と同じように二人の関係を勘繰ってはきたが嫌悪感を示していなかった。二人とも生きる世界が世界なので、男同士というのも珍しくないのかもしれない……と、氷高は色々と考えたが。
それも気になったが、契の様子が一番気になった。てっきり、契は顔を真っ赤にして焦るのかと氷高は思っていた。しかし、契はとくに顔色を変えず、真琴に紅茶を差し出しながら言ったのだ。
「大切に思っているよ」
その表情は優しくて、大人びていて。まさかそのように自分への想いを語られると思っていなかった氷高は絶句して契を凝視する。
そして当の真琴とはと言えば、ぽかんと契を見つめていた。驚いているのだろう。今まで恋人のこの字も見せなかった息子が、氷高への想いをそんな表情で語れるようになっていたのだから。
「……、それって執事として?」
「えぇー……何として、と聞かれても……。執事としてもそうだけど、俺は氷高を氷高として大事なだけで……あっ! 様つけ忘れた!」
「ふぅん……そっか」
……真琴は、どこまで気付いたのだろうか。契の言葉、そして顔を真っ赤にする氷高。二人の様子から、ほとんど察してしまったかもしれない。
「……悠維くん、この子についていくのは大変よ?」
「……はい」
ぷしゅー、と顔から火をあげながら氷高はなんとか真琴のかける言葉に応える。執事とか主人とか、そんな立場など関係なく、「かなわない」と氷高は思っていた。
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