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なんとか大変だったこの一日が終わろうとしている。実際の執事の仕事はもっと複雑なものなのだが、契は一日執事を体験できて満足できたようだ。
あとは、氷高の部屋にいって「約束」を果たすのみ。契は氷高の言った、「夜にいっぱいしてあげる」という言葉で頭がいっぱいだった。
しかし、氷高はといえば実はそうではない。もちろん、契と蜜な夜を過ごすのは楽しみだったのだが……契が真琴の前で言った言葉が、どうしても氷高の胸を占領してしまう。
「大切に思っている」。
好き、とか、愛してる、とは違う感情。氷高から契への想いとは近いようで遠い別物の感情だ。しかし、契から賜るには十分すぎる想いだと、氷高はそう感じていた。実際のところ、契が何を考えているのかはわからない。それでも、ただの執事である自分にこんな風に思ってくれているということが、氷高は嬉しくてたまらなかった。
「……氷高さま」
「……ん、」
「……や、やっぱり後で言います」
「……?」
二人は、一緒に氷高の部屋へ向かう。あの部屋に入れば、待ち望んだ甘い時間がやってくる。そんな期待は、二人を静かに煽っていた。
「あっ……」
あと少しで、部屋に辿り着くという時だ。前方から、絃がやってきた。仕事から帰ってきたところなのだろう。さすがに雇い主である絃の前では執事として振るわなければいけないと、氷高は少々緩んでいた背筋をピッと伸ばし、絃に向かって礼をする。
「おかえりなさいませ、絃さま」
「ああ、ただいま、氷高くん……と、契も一緒か 」
絃は氷高に微笑みかけたが、隣にいた契を見るなり少し困ったように顔を曇らせた。
「休日くらい、自由にすればいいのに。氷高くん、そんなに契に構わなくてもいいんだぞ?」
「いえ……私が好きで契さまと一緒にいるだけですので」
「……そうか」
絃は氷高がずっと執事として働こうとしていることが、喜ばしくないらしい。絃はやはり氷高には世界に行って欲しいと思っているのだ。ずっと契の下で生きるのは、もったいないと、そう思っている。だからこうして休日まで一緒にいる姿をみると、このまま氷高がこの屋敷の一部になってしまうのではないかと、残念に思ってしまうのだ。
そんな絃の想いは、氷高もわかっていた。彼の想いは、嬉しい。だからこそ、彼との接し方に氷高は悩んでいる。
「もちろん、君の執事としての仕事ぶりは立派なものだよ。でも……私は君が人の下で生きていくタイプの人間には思えないんだ」
「……そう、でしょうか」
「あまり私がごちゃごちゃ言うのも、だけど。もう少し考えてみてもいいんじゃないか」
「……はい」
絃は強くは言おうとしない。しかし、彼の言葉はずしりと重い。
氷高は上手く彼の言葉を躱すことができなかった。ほんの少し、気を落としたように瞳に影を乗せる氷高を、契は横から見上げていた。
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