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「俺の父さんは常にトップを突っ走ってきたタイプの人だから、どうしても氷高にはああいうことを言っちゃうんだよ」
「……はい」
部屋に入ってからも、氷高は落ち込んだままのようだった。絃の言葉には決して悪意はなかったが、だからこそ氷高の胸に刺さってしまったのだろう。ベッドに座ってしゅんとしている氷高の様子に、さすがに「立場逆転ごっこ」を続けるわけにもいかないと、契は普段通りに話しかける。
「……俺は、契さまについていくと決めましたが……それはそんなにだめなことなのでしょうか。俺は俺なりに、契さまに仕えることを誇りに思っているんですけど……」
「俺に仕えたいっていうか俺のそばにいたいんでしょ?」
「そ! そうですけど! それは大きな問題ではないというか……」
「……まあ、夢を追いかけたいっていうのと、俺のそばに居たいっていうのじゃあ……優劣つけられてもおかしくはないよね。どうしても、男として考えると受動的な想いは能動的な想いに比べて劣って見えちゃうし」
「な……せ、契さままで……」
やれやれといった調子で話す契に、氷高はさらにショックを受けたようである。想いを寄せる相手本人にその想いを否定されたのでは、当然だ。しかし――契の意図は決して氷高の想いを否定したいわけではなく。
契は氷高をベッドに押し倒すと、じっと氷高を見つめながら氷高の手を自分のシャツの中にいざなった。ぎょっとする氷高に、契は言う。
「……おまえ……ちょっと卑屈すぎるんだよ。自分の気持ちを自分の中で完結させようとしてたくらいにさ」
「せ、……契さま……!? し、しかし、……私は、貴方の執事です……貴方のことを好きでも……それ以上のことは赦されないと、」
「……だからだよ。だから、父さんに情けないって言われるんじゃないか。それなら夢を追いかけろって言われるよ。そうじゃなくてさ……夢を掴みたいって思うくらいの気持ちで、……俺のことも、……」
――求めろよ。
氷高の耳元で、契が囁く。その言葉に、氷高の体がカッと燃え上がった。
「せっ……契さま……いけません……俺は、たしかに……貴方のことが好きで、……恋人になりたいと、考えていますけど……でも、その想いを貴方に押し付けられません……貴方は、本来俺と釣り合うような人じゃなくて、……」
「釣り合う釣り合わないとかさ、そんなことぶっ壊してでも俺のこと欲しいって思わないの?」
「だ、だめです……! 契さまは、私のたった一人の契さまで……誰よりも特別で……だから、俺が欲しいって思うがままに、求めちゃいけないんです! 俺は契さまに片思いをするだけでも十分幸せだし、もしも恋人になっても貴方のことを自分のものとして扱う気はありません!」
「……この、……頑固者!」
顔を真っ赤にして、それでも契の言葉を拒絶する氷高。氷高は契の思った以上に契のことを神格化しているらしく、夢と同じように「手に入れたい」と思うことはできないらしい。
そんな氷高の偏屈で卑屈なところに苛立ちを感じた契は、むっと頬を膨らませて氷高の頭を軽く叩いた。契は自分が一番だと思っているし、氷高との関係は立場上対等ではないということもわかっていたが、氷高にはそんな垣根すらも破壊して求めてほしいと思っていたのだ。そのくらいの強烈な想いが氷高にはないのかと思うと、悔しかった。
「……言っておくけど……俺は、そこらへんの人間には絶対に抱かれないからな。おまえにこうして全部曝け出しているのは、別におまえに流されているからってわけじゃないんだぞ。おまえに同情しているわけでもない。おまえになら……何をされてもいいって思っているからなんだよ」
「せ、つ、……さま」
「……まあ、……わかっているけど。おまえが、あれだけ自分の気持ちを認められなかったくらいに、お前の中の気持ちは重かったんだろ。今すぐにその想いを改めろなんて、そう簡単にできないってわかってるから」
契は氷高になにもかもを乗り越えて求めてきて欲しかった。しかし、それが簡単なことではないとわかっている。片想いを認めることにすら、何年もかかった男なのだ。立場を超えて契を求めることができるようになるのが、どれほど大変なことか。それくらい契も感じ取っていた。
契は悔しさを飲み込んで、もう一度氷高に迫る。ぐっと顔の距離を詰めて、息を呑んだ氷高に追撃するように、こす、と自分の腰を氷高の腰にこすり付けた。
「……さっき、言いかけたことあるんだ」
「あ、……は、はい……っていうか、あの……契さま……こ、腰……」
「今日は、俺が執事でおまえが主人だ。おまえは、俺になんでもしていいんだよ」
「な、……なんでもと言っても……限界が、……」
「ない。そんなもの、ない。俺とおまえの間に、立場の壁がなくなるんだ。おまえは俺に何をしてもいい。めちゃくちゃにしてもいいし、おまえのものにしてもいい。普通の、恋人にするように」
「いっ、いやっ……あのっ……」
氷高の顔が、トマトのように赤くなる。そして……布越しでもわかるほど、氷高のものが堅くなっている。わかりやすくて可愛い、なんて契が思っていれば、ぐんっと視界が揺れた。勢いよく、氷高が起き上がってきたのだ。
「せ、契さま……!」
「うおっ」
氷高は契の肩をガッと掴むと、懇願するように首を垂れる。あまりの勢いに契がぎょっとしていると、氷高がまるで軍人のような凛々しい声で言ってきた。
「こ、これから大変な無礼を働くと思いますが、今夜だけ、どうか寛大なお心をもってお赦しください!」
「……ッ、え、……あ、はい」
おまえは何の組織に属している人間だよ、と突っ込みたくなるような口調に、契は思わず笑いそうになる。しかし、氷高は大真面目のようだ。ゆっくりと顔をあげて、契の表情を伺い見てきたその目は、怯えるようで、そして劣情にまみれていて。その目が、あまりにも契に焦がれていたから、「あ」と契は言いそうになる。
氷高は、契への想いが足りていないのではない。むしろ激しすぎる想いを持っているのに、ただ、それを抑えつける力が強すぎたのだ。
悔しいなんて思っていた自分がバカバカしくなった契は、ふっと苦笑して氷高の額に口づける。そうすれば氷高はゆっくりと、契のことを押し倒してきた。
「……これから俺は、貴方に酷いことをしてしまうケダモノになります。どうか――今夜のことは夢だと思って、太陽が昇ったら忘れてください」
「……そうだな。いつの日か、正夢になることを祈って……胸にしまっておくよ」
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