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 何事もなくいつものように学校の授業をこなし、生徒会活動もこなし、契は放課後を迎えた。いつもならば、このまま校門へ向かい氷高の迎えを待つのだが……今の契は、氷高に会いたくなかった。これから天樹カレンに奪われてしまう氷高を見ていたら、余計に傷を抉られそうだったからだ。  しかし、このまま逃げてしまえばそれはそれで面倒なことになる。なるべく氷高と目を合わせないようにしよう……そう思いながら契はのそのそと校門に向かったのだが…… 「……ん?」  校門にあったのは、いつものリムジンではない。高級車であることは間違いないが、鳴宮家の車ではなかった。唖然として契がその車を見つめていれば、車から一人の男が下りてくる。男は、帽子にサングラスにマスクといった明らかに不審者の恰好をしていて、契は思わず後ずさった。 「やあ、久しぶり、契くん。今日は氷高さんの代わりに僕が迎えにきたよ」 「……え」  男はずんずんと近づいてくると、契の手を取った。誘拐される!と構えた契は悲鳴をあげそうになったが――男の声にどこか聞き覚えがあって、寸でのところで叫ぶのを堪える。 「氷高さん、浮気したんだって? じゃあ負けずに契くんも浮気しようか!」 「はっ、ちょっ、ちょっと! な、なんで――なんでここに莉一さんが!」 「事情は後々。周りにバレる前にここから離れなきゃ、ね!」  なんと――男は変装した篠田莉一だった。  なにがどうして氷高の代わりに彼が迎えにくることになったのかは不明だが、その疑問を解決する前にここから早く離れなくてはいけない。いくら変装していても、ファンには彼の正体などわかってしまう。  わけがわからぬまま、契は莉一の車に乗り込んだ。このまま攫ってくれればいいのに、なんてちょっとだけ思った。

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