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 俳優になるためには様々なルートがあるが、契が選んだのはモデルとして名をあげてからテレビでデビューするという方法だった。知名度がある程度ある状態でテレビに出演できる……という理由もないことはないが、契はただ単に母・真琴と同じルートを進みたくなかったのである。真琴は劇団に所属し、そこで下積みをしたのちのデビューというルートだったのだが、二世俳優と言われることを疎んだ契は真琴と同じ方法で俳優になることを拒んだ。  契がモデルのオーディションに合格したのは、高校二年の冬。モデルとしての初仕事が、今日なのである。 「――契」 「うん?」  初めての撮影がある、朝。気持ちは落ち着かないが、鳴宮家の食卓はいつもと変わらなかった。メイドに囲まれた大きなテーブルに、絃と契が向かい合って座る。契の後ろには、氷高が立っている。真琴は仕事のため今朝はいない。  どこか浮ついた気持ちで、契はカップに指を添える。その瞬間だ。絃はじっと契を見つめ、尋ねてきたのだ。 「……くれぐれも、鳴宮家に恥のない活動を行うように」 「……俺は俺なりの俳優になるつもり。鳴宮家がどうとかそういうことはあんまり、」 「そうじゃない。契……体にいかがわしい痕とかつけていないだろうな。今日、撮影だろう」 「ンッ!?」 「この部屋に入ってから着席するまでの間、歩き方が変だったぞ。契……まさか、昨日……」 「ちょっ、えっ、いや、あの、あ、あ、あ痕とかつけてないからちゃんと気を付けたから!!!!!!!」  ――絃に何もかもがバレている。  それを悟った契は、一気に顔を真っ赤に染め上げた。同時に、その背後に立っていた氷高もだ。 「まあ、氷高くんはそのあたりはきちんとしているから信じよう。昼間も夜も紳士的なのは変わらないだろう?」 「○×◇▼□~~~~!?!!?!??!!!?」  氷高との関係を、絃に話したことはない。話せるはずもない。  それならばなぜ彼は知っているのか――答えはすぐにでてきた。真琴が、言ったのである。色々と察してしまっている真琴が、絃に告げ口をしたのだ。それが、いつなのかは定かではないが。  契は絃に氷高との関係を言及されたことがあまりにも恥ずかしくてうつむいてしまった。しかも、昨夜なかなかに淫らなことをしたばかりだ。撮影のときに困るから体には痕をつけられない――そう言った氷高に、契は撮影の時に見えない場所に痕をつけてほしいとねだった。そうして痕をつけられた場所が、脚の付け根である。いつもペニスを突き立てている穴のすぐそば、氷高にしか見られることがない、秘密の場所。そこに、氷高は丁寧にたくさんの痕をつけたのだ。脚の付け根ということで契も大きく脚を開かねばならなかったため、今朝は微妙に脚が痛かったのである。 「契が誰とどうしようが、私が口を出す権利はない。ついでに、氷高くんにもプライベートについて口を出す権利は私にない。ただ、俳優として成功したいのなら、節度はなによりも大切に」 「はい……」 「特にこの国ではなあ……同性同士の恋愛への視線は未だ厳しい。氷高くんとの関係はできるだけ隠していなさい。まあ、おまえが世界に通用する俳優になってきたら、カミングアウトしてもいいんじゃないか。世界はこの国よりは同性愛に寛容だぞ」 「はい……」  妙に受け入れられてしまうと、かえって恥ずかしいものだった。どんな顔をして絃を見たらいいのかわからない。  怒るわけでも、からかうわけでもない絃。それは契にとっても氷高にとっても幸せなことなのだが……これから屋敷でどうふるまっていけばいいのか悩むところなのであった。

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