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「どうした、氷高くん。浮かない顔をして」 「あっ……いえ」  契の送迎が終わり屋敷に戻った氷高は、事務作業に勤しんでいた。そんな氷高の様子に違和感を覚えたのが、絃だった。どうやら絃は、今日の仕事は休みのようだ。屋敷でゆっくりと過ごしながら、時折氷高に声をかけてきたりして過ごしていた。 「いや……あの……絃様……も、申し訳ありませんでした……」 「? なにがだ?」 「……契様に、その……手をだしてしまったというか……」 「気にしていないぞ? なんだ、そんなことで暗くなっていたのか?」 「……、何と言えばいいのでしょう……先が見えなくて、不安といいますか」    氷高は屋敷に戻ってからというものの、どこかぼんやりとした調子を続けていた。気を紛らわすかのように必死にパソコンのキーボードを打ってはいるが、魂がそこにない。絃はそんな氷高のことが心配になったようである。 「……私は、いいのです。私は契さまがすべてなので、契さまのために生きることになにも迷いはないのです。けれど……契さまは違うんじゃないかって、そう思います。契さまはまぶしい人。契さまの目の前には、たくさんの選択肢があったはず。まだ高校生の契さまが、私との……まあ、その、……恋を糧に、あの道を選んでもよかったのかって思うんです」 「……いいんじゃないか。だって、契が選んだんだ」 「……契さまは高校生ですよ? 自分の未来の尊さをわかっていない。私との恋なんかと契さまの未来が釣り合うわけがないじゃないですか。私のためなんかに選んだあの道で……いつか、契さまが折れてしまったとき。契さまはきっと、後悔する。大切な未来を捨てたことを、後悔する」  氷高はうなだれて、手を膝に置く。  絃は溜息をついた。ゆっくりと立ち上がると、コーヒーを作り始める。柔らかい香りが立ち上るマグカップを氷高の前に置くと、ぽんぽんとその頭を撫でてやった。 「たしかに、まだあの歳の契が恋のために突っ走ったら事故る可能性はあるよなあ。いくら本気で恋をしていたって、まだまだお子様だ。人生を決める糧に恋をくべるのは、まだ早いかもな」 「……はい、だから、……」 「うん、だからなあ。氷高くん。おまえが、契にちゃんと恋を教えてやれ。あいつが途中で燃え尽きないように、丁寧な恋をしてやってくれよ。あいつが大人になったとき、氷高くんのことを本気で愛していたなら……たとえ選んだ道が間違っていたとしても、後悔なんてしないだろうさ」 「――え?」 「氷高くん、一応年上だろ? 君がちゃんと契のことを引っ張っていってやんないと。だめだぞ、そんなにうじうじしていたら。もっと自信を持ちなさい。契約上の立場は契のほうが上かもしれないが、恋愛においては氷高くんも契も立場は一緒なんだからな?」  氷高がぽかん、と絃を見上げる。  少しまぬけなその顔に、思わず絃は吹き出してしまった。  こうは言ったが、氷高もまだまだ子供なのだ。自分を必要以上に卑下してしまう、これは氷高の弱いところ。契を託すためにも、氷高にはもっと成長してもらわねばならない――絃はそう感じ取る。 「人生は必ずどこかで間違える。それを、今から恐れてどうするんだ。今だけを必死に生きるんだ。氷高くん、君が今できることは――自分の全てで、契のことを愛してやること。いいか、「すべて」だぞ。自分と恋をしたことで契の未来がー、なんて悩むのは厳禁だ。思うがまま、望むがままに契のことを求めてやってくれ」 「も、……求めっ……、げ、絃さま、ッ自分のご子息を、……そ、そんな……は、破廉恥です、望むがままに求めるだなんて、そんなっ……」 「……はは、恥じらうな。情熱的な愛は一番かっこいいんだぞ」  氷高は顔を赤くしながら、照れ隠しをするようにコーヒーをごくごくと飲んでいる。  ――迷いは、少し薄れただろうか。  氷高の瞳にかかっていた影が、消えた――そんな気がした。

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