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ある日の朝のことだ。いつものように学校まで契を送迎した氷高は、学校の様子がいつもと違うことに気付く。
「……騒がしいですね?」
「そうだなあ」
校門の前に、女子生徒がひしめいている。しかも彼女たちは、鳴宮家の車が来た瞬間に、一斉に車に近づいてきたのである。
「契さま! 契さまが来た!」
「きゃあー! めっちゃかっこいい!」
普段から、契が登校するときには女子生徒たちがお出迎えする。しかし、今日の人数は異常だ。思わず氷高は怖気づいてしまったが、契はあっけらかんとして言う。
「あ、そういや昨日発売された雑誌に俺が載ったんだ」
「……じゃあ彼女たちは……」
「初めての俺のファンだな! ミーハーだなアッハッハ」
「……ええー……」
どうやら彼女たちは契がモデルになり、雑誌に載ったという情報を聞きつけてこうして出待ちをしていたらしい。たしかに、その手には契の写真が載っている雑誌が握られている。
氷高が「裏門にまわりましょうか」と提案するも、契は「ここでいい」と言い放つ。氷高が渋々ながら車を降りれば、悲鳴にも似た凄まじい黄色い声が殴りかかってきて、氷高は息が止まりそうになった。
氷高が契の乗る後部座席の扉を開ける。その瞬間――一気に女子生徒の波が押し寄せてきた。
「契さまおはようございます!」
「サインしてください!」
「一緒に写真とってください!」
――なんという無遠慮な!
氷高はぐっと突っ込みたくなるのを堪えて、顔を引きつらせながら契を見下ろす。契はいつものようにゆっくりと車を降りると、さわやかに笑って言う。
「おはよう。ごめん、朝は生徒会の仕事でやらないといけないことあるから、またあとでな」
ぎゃー! とまた悲鳴が沸き起こって、女子生徒たちが散りぢりになってゆく。「契さまの声がきけた」「契さまの微笑み至高」と口々に言いながら契に道を譲る彼女たちは、意外とよくできた信者のようだ。
あまりの人気っぷりに、氷高はまた契に劣等感を覚えたが――
「じゃあ、また放課後よろしく、氷高」
氷高をしっかりと見上げて笑った契に、自分もしゃんとせねばと背筋をただす。
「――はい。いってらっしゃいませ、契さま」
――これが、契さまなんだ。
急激に増えたファンにもものともせず、いつものように堂々と校舎へ向かっていく契。そんな彼に憧れたはずなのだから――こんなところでくじけてはいけない。
絃に言われた言葉を思い出す。自分が、一番契を信じて導いてやらなければいけないのだと。
氷高はいつものように頭を下げて契を送り出す。契の眩しさに目が眩みそうになったけれど、契が消えてゆく瞬間はしっかりとその目で見届けた。
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