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第4話

こうして一緒に行動していて百合根は気付いたことがある。 テラサキは戦闘向きではない。 かなりの優れた頭脳は持っている。 だが、無用心というか…。 今まで海軍から逃げ通せたことが不思議なくらい。 追われる身でありながら、不用意に建物の陰から出たりする。 その度、百合根が慌てて腕や腰を引き寄せねばならなかった。 思えばテラサキ率いる海賊の面々は全員かなりの頭脳を持っていることがわかっている。 だがメンバーの二人は女性であり、非戦闘員であることは確かだし、アイカワは気功のような体技を使うことが確認されているが防戦に徹するのみで、攻撃はムラサキのみだ。 前々から細いと思っていたが昨夜、シラキ自ら確認したテラサキの体は細く、軽い。 今まで彼らが無事だったのは、全員の頭脳をフル稼働させた成果かもしれない。 だとするならば、シラキ一人で二人とも逃げ通すのは困難かもしれない。 先程から見かける海兵の数は増える一方だ。 そして微かに海兵達の会話が漏れ聞こえたところによると、シラキの知る人物が指揮を執っている。 非常に厄介な相手だ。 物陰から海兵が通り過ぎるのをじっと待っていると、腕の中でテラサキが微かに笑った。 「何ですか、急に」 声を潜めてテラサキを覗き込むと、ニヤリと笑う。 「こうしていると、昨夜を思い出す」 「不謹慎ですよ」 即座に返しながらも思わず顔を赤くする。 「だな」 呑気なのは、シラキを信用しているからなのか。 それとも何か策があるのか。 東の崖に近付くと、騒がしくなってきた。 戦いの音と、砲台の音と。 「来てるな」 「そうですね」 テラサキの呟きにシラキも頷いた。 だが、応戦中だ。 長引けば囲まれてしまうだろう。 「一気に行きましょう」 崖まで数百メートル。 行くしかなかった。 テラサキと共に走り出しながら、テラサキの道を開き、背後を守る。 海兵の数は思ったよりも多く、シラキ達を見つけると押し寄せてきた。 待ち伏せされた。 指揮を執っているのがあの人ならば仕方ないことなのかもしれない。 「とにかく走ってください!」 テラサキの背を押しながら、シラキは剣を抜き応戦する。 遠くに見知った顔を見つけ、眉を寄せるもそのまま崖を目指した。 「シラキ⁈」 テラサキが時折シラキを振り向く。 ようやくシラキの戦闘がおかしいことに気付いたらしい。 「何してる⁈防御だけでこの数、押し切れると思ってるのかっ」 「思ってませんっ」 だが同胞達に剣を刺すことなどできない。 剣を叩き落すか、殴る蹴る、しかシラキには出来なかった。 「シラキ⁈」 援護をしようと足を止めるテラサキの背をさらに押した。 「何を…」 「行きますよ、テラサキさん」 シラキはテラサキの腰を掴み、もうそこまで見えている崖を目指した。 押し寄せてくる海兵を掻き分けて全力で走りこむ。 何かを察したように掴まれたテラサキの手を振りほどいて、シラキはテラサキを渾身の力で崖から放り投げた。 「シラキ⁈」 放物線を描きながら落下していくテラサキが、船の帆に音を立ててぶつかりそのまま滑り降りていくのを見守る。 膝を蹴られ、地面に倒れこみながらそれを確認してシラキはほっと安堵の息を漏らした。 「シラキー!」 ムラサキに抑えられながら、船尾から身を乗り出すテラサキの姿を見送っていると、後ろから声がかけられた。 「なに、やってるんだ…シラキ…」 思わず苦笑が漏れる。 「なんで俺がお前なんかを捕まえなきゃならないんだ」 「なんかとは失礼ですよ。僕、一応上官です。カワニシ少尉」 「…元…だろ。この馬鹿が…」 小さくなっていく船影を見送って、シラキは自ら立ち上がる。 腕は後手に縛られていた。 振り向くと、カワニシが眉根を寄せシラキを見ていた。 「そんな顔しないで、カワニシさん。僕は後悔してませんから」 カワニシは一層顔を歪ませると、何も言わず踵を返した。 シラキも乱暴にその後をついて行かされる。 ふと振り返った海には、海軍の船を振り切り、小さくなったテラサキの船。 見える限り、シラキはその姿を見送った。 暗く、湿った空気が纏わりついてくる船底の牢屋の中。 手にも足にも枷を付けられ、シラキは膝を抱えその間に頭を埋めていた。 自分の行き先はわかっている。 海軍島。 極悪人の処刑が大抵この島で行われる。 見せしめと、誇示のために。 「シラキ君」 ふいに声をかけられ顔を上げると、カワニシの部下であるツジ軍曹が歪んだ微笑みを浮かべていた。 「これ、カワニシさんから」 手には丁寧に紙に包まれた新鮮なパン。 「…ツジさん、カワニシさんに罪人への対応はきちんとするように言ってください」 「…罪人て…」 「受け取れません。カワニシさんの迷惑になります」 「シラキ君」 ツジは眉を寄せ、唇を噛む。 「すいません、カワニシさんにもツジさんにもそんな顔をさせてしまって」 ぶんぶんと首を振ったツジにシラキは微笑んで見せた。 「僕は覚悟の上ですから。大丈夫、ね?カワニシさんにも僕に構い過ぎないように伝えてください」 「………」 ツジは手元の包みを見下ろした。 「…海軍島へ、向かってるんですよね…」 「…うん。報告したら、すぐに連行するように言われて…」 「フシミ大佐ですか」 「知ってたの?」 少し驚いた顔でシラキを見る。 「海兵が話してるのを少し…」 「…そう…」 「あの人には嫌われてるからなあ、僕。速攻、処刑でしょうね」 シラキは誰ともなく苦笑いしてみせる。 「…シラキ君…」 「ほら、ツジさんも戻って。誰かに見られたらまずいですよ」 しばらく動かなかったツジもシラキが再び膝の間に顔を埋めると、ため息一つ残して去っていった。 ただただ自分に残された時間を、暗闇で過ごすことしか許されていないシラキの頭には、崖から放り投げたテラサキの驚愕に見開かれた瞳と必死に呼ぶ声だけがあった。 ちゃんと、逃げられただろうか。 見送った限りでは海軍を振り切っていたけれど、指揮を執っていたのがあのフシミ大佐ならばどこかで待ち伏せされたかもしれない。 二人で捕まるよりはと、思わず取った苦肉の索だったが、乱暴に放り出したりして怪我などさせなかっただろうか。 ふと蘇ったテラサキの甘い吐息と声。 ふっと吹き出すような笑いが漏れる。 自分もテラサキを責められないな、と。 こんな時に思い出すのが一度きりの情事とは。 顔を上げて見上げれば、遥か上の方に微かな明り採りの窓が見えた。 あれからさらに一晩が過ぎて、もう夜明けだ。 時間から考えて、そろそろ海軍島へ着くはず。 「…テラサキさん…」 知らず知らず呟いていた。

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