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第6話

遠くで爆発音が二つ上がった。 「急いで!」 ムラサキが焦ったような声を上げている。 だが背丈はそんなに変わらない上に、体重差があるシラキを抱えてテラサキが素早く動けるはずもない。 アイカワの所に辿り着くのがやっとだった。 反対側からアイカワの腕が伸びてきて、シラキはそれを静かに拒絶した。 「⁈」 「何してる⁈早くアイカワに」 「…そんなことをしてたら、全員捕まります。…僕に剣をください。戦います」 「無理だ。弱りきっている」 テラサキが眉を寄せ、アイカワを促した。 そのアイカワにシラキは視線を投げる。 「…僕一人なら自分でなんとか出来ます…。テラサキさんを行かせてください」 アイカワが戸惑ったようにテラサキとシラキを見比べている。 そこへすっとムラサキが海兵から取り上げた剣をシラキに差し出した。 「はやく!集まってきてる」 シラキはテラサキの肩から腕を引き抜くと、ヨタつきながらも自力で立ち、剣を構えた。 「…絶対においてはいかないぞ…」 テラサキに睨まれると、シラキは苦笑いした。 「一度死んでるんですから。足手まといなら置いていってください」 「嫌だ」 即答され、シラキは苦笑いした。 「…頑張ってついて行きますよ」 「ムラサキ!シラキの後ろを」 シラキはそっとテラサキの背を押して先に行かせ、アイカワに合図した。 それからムラサキと並ぶようにして剣を振る。 なるべく傷を負わせたくない。 自分に向かってくる者にだけ剣を向け、武器を奪い、手の平を切りつけていく。 シラキを気にするテラサキは先に行かせたはずなのにいつの間にか隣にいた。 その前にはアイカワと入れ替わったムラサキが、道を開いていく。 テラサキの後ろでアイカワが追っ手を足止めし、どこから放たれているのか大砲のような爆発音が辺りに響く。 少し動いただけでシラキの体は息を喘がせた。 時々よろめく体をテラサキの腕が支えた。 「シラキ、走れる?」 ムラサキの声が聞こえて、小さく頷くとテラサキに背を押されるようにして走り出した。 向けられる剣を叩き落としながら、視線の端でミズタを見た。 建物の陰でほくそ笑んでいる姿に、思わず笑みが漏れた。 「…お前、何した?…」 届くはずもない呟きを漏らすと、ちょっとだけミズタと目があった気がした。 それからすぐ背を向けられ、シラキもそれ以上ミズタを視線に捉える事が出来なくなった。 ムラサキが向かっているのが港ではなく河川の方だと気付いたシラキが、思わずムラサキを呼んだ。 「本当にこっちですか」 「大丈夫」 河と海の境目を目指しているのはわかったが、開けた前方に船の姿はない。 それでもまっすぐにはしり続ける三人にシラキは付いて行くよりない。 時折よろけるとテラサキが支えてくれた。 河岸に近付くと、待ち構えたように海から船が現れた。 「はやくー!」 船からヤマサトが大きく手を振っている。 近付いてくる船の縄梯子に順番に飛びついて這い上がる。 先に上がったムラサキが帆を操作し、アイカワが舵をとる。 シラキはテラサキに引っ張られるようにして、ようやく這い上がった。 シラキが甲板に上がると、テラサキがユカリを振り向いた。 「切れ」 追ってくる海兵達を縄梯子ごと追い払う。 「じゃあね~」 落ちていく海兵達にヤマサトが笑顔で手を振った。 それを甲板にへたり込んだまま眺めていると、ふと目の前に座り込んだテラサキがシラキを覗き込んできた。 「大丈夫か?」 同じように息を喘がせ、額に汗を浮かばせている。 シラキはそっと手を伸ばして、その頬に触れた。 軽く触れて、手を離し、じっと手を見つめる。 「…夢、じゃ、ないんですね…」 小さく呟く。 テラサキはふと笑うと、膝立ちでシラキの頬を両手で挟み口付けた。 「船長!いちゃついてる場合じゃないですよ⁈」 アイカワの声にテラサキが苦笑いしながら離れていく。 「ユカリ、風は?」 「あっちから」 ユカリが即座に指を指し、テラサキの指示のもと船が速度を上げた。 シラキは呆然とそれを眺めていたが、やがてよろよろと立ち上がると船尾に移動した。 追ってくる海軍の船と砲弾と。 小さくなっていく島。 置いてきた全てを見送るようにじっと見つめた。 的確に風を捉える船は、図体がでかいだけの海軍船をぐんぐんと引き剥がしていく。 「……」 まっすぐに後方を見つめるシラキにテラサキが近づいた。 「もう、追いつかないだろう」 テラサキの声にもシラキは振り向かない。 黙って見つめ続ける横顔をテラサキはじっと見つめた。 「…信じられない…海軍島から逃げ出すなんて」 ぼそりとシラキが呟いた言葉に、ヤマサトが得意げに答えた。 「作戦勝ち!」 振り向くと少年のような小柄な女の子がくしゃくしゃな笑顔でこちらを見ていた。 「…作戦、ですか…」 「船はある程度潰してあるし、風の変わり目を狙ったの。スピードならこの船の方が早いわ」 肌を露わにした長髪の女性が答えると、アイカワが付け足した。 「あとは少人数での機動力を生かした、感じですかね」 ムラサキは親指をぐっと立てて見せた。 一通りクルーに目を走らせてから、シラキはテラサキに向き直った。 「僕の縄を切ったのはテラサキさんですか」 「…なんのことだ?」 テラサキがきょとんとシラキを見上げてきた。 シラキは一瞬黙って、それから微笑んだ。 「いえ。なんでもありません」 それからまた後方を振り返る。 まあ、心配はいらないだろう。 あのあざとい親友の事だから、証拠はちゃんと隠したに違いない。 「…助けて下さってありがとうございます」 全員を振り返りながらシラキは言う。 「すいませんが、僕をどこかの港に下ろしてください。このままこの船にいると迷惑が…」 「なにを言ってるんだ」 テラサキが眉を寄せて睨みつけてきた。 「アンタはこの船に残る」 「え、でも」 シラキが戸惑っていると、アイカワのからかうような声がした。 「船長命令ですよ、逆らえません」 「うちの船長、我儘だから」 ヤマサトが笑う。 「言い出したら聞かないし」 呆れ声のユカリと。 「シラキならいい」 ムラサキも笑っている。 一通り驚きで持って見渡すと、シラキはふわりと微笑んだ。 「…お世話になります…」 ぺこりと頭を下げた。

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