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第8話

到着した島はいかにもなガラの悪い島だった。 港にたむろしている男達もやさぐれ、下着姿で徘徊している女達も。 街中に入ると、さらにその廃退さが顕著に現れる。 アルコールの匂いに混じった異臭や、あちこちに散らばり落ちる空き瓶や空き缶。 空気すら淀み、重く、不快を伴って絡みつく。 時折聞こえてくる喧嘩の声や、怒鳴り声。 物が壊れる音も聞こえる。 そしてその中を闊歩していく面々を、皆一様に振り向いた。 誰もが知っているような顔だった。 こんな少人数の海賊なのに。 畏怖、妬み、そんな目を向けられた。 「よう、テラサキ」 中には声をかけてくるものもいたが、テラサキたちはちょっと見ただけだった。 「おい、こいつ海軍将校じゃねぇか」 シラキを見かけた1人が言い出すと、途端に集まってくる。 「そういや海軍の船で見たことあるぞ、こいつ」 そう言われても、シラキには覚えがない。 反応に困っていると、すっとテラサキがシラキの前に入ってきた。 「こいつは俺の男だ。手を出すな」 気付くと、両脇にアイカワとムラサキも立っていて、後ろではヤマサトとユカリが周囲を睨みつけていた。 テラサキの言葉に怯んだ男達に背を向け、テラサキはシラキの腕を掴んだ。 「こい」 そして再び闊歩する。 「離れるな。ムラサキ、見張れ」 テラサキの言葉にムラサキは頷くと、周囲を警戒するように見渡す。 シラキは腕を引かれるままついていくしかない。 ざわつきが纏わり付いてきたが、シラキ以外誰も気にした様子はなかった。 港に隣接した街の最奥の屋敷の入口で、テラサキは立ち止まった。 腕を解放され、見ると少し緊張した様子のテラサキがいた。 「アンタは何も喋るな。俺の側にいろ」 シラキが小さく頷くと、中へ入っていった。 屋敷の中でたむろしていた男達が一斉に振り向いて、道を開ける。 その中を進んで、最奥の部屋に入った。 部屋の大きな机に座った男がテラサキを見るなり微笑んだ。 「遅かったですね、待ってましたよ」 周囲の雰囲気と不似合いなほど柔らかい声に、シラキは思わずゾッとした。 正体不明な貫禄に気後れする。 その柔らかい眼差しを向けられると、背筋が凍った。 「彼が、君が海軍から奪った人物ですね。報告が来てますよ。随分と無茶をしたようですね。…それほど価値のある男には見えませんが…」 「俺の男にしました。貴方には関係ありません」 そうテラサキが答えると、男は肩を竦める。 「…いつから男遊びをするようになったんですか…」 「こいつだけです。…ムラサキ、アイカワ」 テラサキが呼ぶと二人は持っていたカバンを、男の机に置いた。 そして二人に合図をして踵を返した。 「きたばかりなのにもう帰るんですか。一晩、休んで行きなさい。君の部屋はそのままにしてありますよ」 テラサキは肩越しに振り返った。 「…うちには女がいるので、この島は危険すぎます…」 「確かに、そうですが。君のクルーに手を出すほど馬鹿はいませんよ」 「…さあ、それはわかりません」 そして呆然とするシラキの背を押して、部屋を、屋敷を出た。 出てくる直前に見た、男の目はぞっとするほど冷たかった。 「あれは…誰ですか」 「俺のボス、サカエダだ。…育ての親でもある」 「そう、なんですか」 屋敷を出ると、途端にリラックスしたようにそれぞれが伸びをしたり、話し始める。 「僕、欲しいものがあるんだぁ」 ヤマサトが言うと、テラサキはアイカワを顎で指す。 「アイカワに聞け」 「…食料の買い出しが終わったら、いいですよ」 「やったっ」 「ねえ、お風呂に入りたいわ。いつもの島に行くんでしょう」 「ああ」 「良かった。少しゆっくりしましょう?」 「ああ」 マーケットにそのままやってくると、活気のある空気の中で何だかワクワクするような高揚感に包まれた。 食品の露店を見るアイカワとムラサキ、ヤマサトはチョロチョロと色んな店を覗き込む。ユカリは服屋を覗き込んでいた。 百合根もユカリの後ろから眺めた。 それに気付いたユカリは苦笑する。 「あんまりいいのないでしょ?この島は娼婦向けしか置いてないんだから」 店主にも聞こえそうに言うと、シラキの方がハラハラしてしまう。 「アンタも買うか」 後ろからテラサキが話しかけてきた。 「え、僕は…」 「俺やムラサキの服じゃ小さいんだろう」 何も荷物を持っていない百合根はずっとテラサキやムラサキの服を借りていた。二人より手足が長いシラキには袖や裾の丈が短く、いつも折り返してごまかしてきていた。 テラサキがその事に気付いていたのにも驚いたが、買い与えようとしていることにも驚いた。 「アイカワ」 テラサキはシラキの返事も聞かず、アイカワと相談始めた。 ふとヤマサトを見ると、不審な男達に気付いた。 ゆっくりと近付いてくる。 ムラサキ達は買い物で気付いていないようだ。 シラキはとっさにヤマサトに駆け寄り、腕を引いて自分の後ろに隠した。 キラっと切っ先が男達の喉元で光る。 「ひぃ」 「何かご用ですか」 シラキの様子に気付いたテラサキが近付くと、男達がさらに息を飲む。 「テ、テラサキ⁈」 「どうした」 「いえ、この方達がヤマサトさんに用があるようでしたのでお聞きしてました」 切っ先をさらに喉元に近づけると、男達は慌てて逃げ出した。 ふうっと息を吐きながら剣を収めると、ヤマサトが感心したように言った。 「へえ。優男かと思ってたのに、結構やるじゃん」 「ヤマサト、気をつけろと言っておいたはずだ。チョロチョロするな。ムラサキかシラキといろ」 「はーい」 テラサキに叱られてペロッと舌を出す。 「ナイトが増えたわね、ヤマサトちゃん」 ユカリに言われると、嬉しそうに笑った。 「へへ」 ヤマサトはわざとらしくシラキの腕を掴んで、あっちに行きたいだのこっちに行きたいだの振り回し始めた。 「ちょ、ヤマサトさん、あんまり離れちゃダメですよ」 「大丈夫!だってもと海軍将校がついてるもん」 「…ムラサキさん程強くないんですから。さっきみたいな雑魚ならいいですけど」 「ここには雑魚しかいないよ」 「…もう…」 「シラキ!」 テラサキ達からだいぶ離れてしまうと、テラサキの呼ぶ声がした。 「ほら」 「ちえー」 ヤマサトを引きずるようにして戻ると、テラサキがヤマサトのシラキに絡みつかせた腕を解いた。 「勝手に連れて行くな」 「えー、だって一緒にいろって言ったじゃないですかぁ」 「………」 ヤマサトがぶうっと頬を膨らませると、テラサキの眉がピクッと動いた。それを見たユカリが吹き出すように笑う。そしてまたテラサキの眉が動く。 「な、何かようですか」 見かねたシラキがテラサキに言うと、アイカワを示される。 「服を買ってもらえ」 「シラキ、こっちですよ」 アイカワが呼んだ。 呼ばれた方に行きながら近付いて、気になって振り向くと、腕組みをしたテラサキがヤマサトを見下ろし、ヤマサトはべっと舌を出していた。 「困った船長ですね、年端の行かない女の子と同レベルで争うんですから」 アイカワが苦笑いした。 そしてシラキに服をあてがう。 「サイズがなかなかないですね」 「…僕はいいですよ…」 「そうは行きませんよ、船長命令ですから」 「…………」 服をなんとか三着買うと、食料品と共に船に乗せ出港した。 「どこに向かってるんですか」 甲板で誰ともなく尋ねると、近くにいたユカリが答えた。 「あの島よ」 指差されたのは小さな島。 「僕らの隠れ家だよ」 いつの間にか現れたヤマサトが言う。 「隠れ家?」 「そうこの辺に来たら、いつもあの島に泊まるの。無人島だけど、こっそり私たちの家を建てたのよ」 「みんなで作ったんだ」 船は小島の奥へと入り込んでいった。

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