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1-おまけ

 まるで見ていたかのように、白鳥が気を失った直後に緑川が姿を現した。 「お疲れ様です」 「うわぁ、その言い方なんかやだなぁ、緑川先生」  自分の格好を整えていた猫羽は入ってきた緑川に不満な顔で言う。  だが一方の緑川はまったく気にした様子もなく、猫羽の隣を通り過ぎていく。そして、持ってきたケースの中に小型のカメラとマイクを素早く回収した。  これは無線で自動的にパソコンへとデータを転送するタイプのものだ。 「悠は家?」 「はい」 「いくらツバメでも、よくやるよねぇ」  身支度を終えた猫羽は、次に白鳥の体を拭く。ツバメが持ってきたタオルで、ドロドロに汚れた部分を綺麗にし、脱いだ衣服を回収する。  きっちりの白鳥だ。こんな時でも衣服はキチンに畳まれて机の上にある。それが妙に面白い。 「白鳥先生のカバンは?」 「こちらに」  持ってきていた白鳥のカバンを探り、猫羽は家の鍵を取り出す。そしてニヤリと笑みを浮かべた。 「これがあればお茶の子さいさいってね♪ 先生の退勤押した?」 「えぇ」 「それじゃ、準備OK」  緑川が白鳥の体を横抱きにし、猫羽は白鳥の鍵を持って教室のドアへと向かう。そして、その鍵をドアへと向かって差し込む動作をし、開錠するように捻った。 「オープンザドア! な~んちゃって♪」  鍵が僅かに光って、カチャリと音がする。その状態で教室のドアを開けたその先には、高級そうな部屋が広がっていた。  整えられ、物の少ない玄関には花が綺麗に活けられ、客人用のスリッパも丁寧に置かれている。廊下は磨き上げられている。  リビングにはいれば大きなL字のソファーと大型のテレビ、毛足の長いラグと、シンプルなガラス天板のローテーブル。  そこから続く寝室にはキングサイズのベッドが鎮座しており、落ち着いた濃紺のカバーが掛けられていた。 「いい所に住んでるんだね」 「白鳥先生は聖白鳥学園の創始一族。このマンションも、白鳥家の持ち物です」 「げっ、そうなの!! どうりで常識知らずのお坊ちゃん」  意外な豪華さに猫羽は驚き、緑川は相変わらず淡々としている。  タオルを敷いたソファーに白鳥を横たえると、緑川はバスルームへと湯を張りにいく。  一方の猫羽はのんびりとラグに腰を下ろして、眠っている白鳥を見ていた。 「寝顔が意外と可愛いね、先生。眼鏡ないほうがいいのに」  ツンツンと頬に触れると、むずがるように眉根が寄る。それでも目が開くことはなかった。 「準備が出来ました」  グレーの上着を脱ぎ、シャツの袖とスーツの足元をめくった緑川が白鳥をバスルームへと連れて行く。そうして三十分ほどでバスローブを着せて戻ってきた。 「手慣れてるね」 「はい」 「あいつ、何させてるんだろうな……」  緑川の主である三咲が普段どれだけ我が儘を言っているかを見ているようで、猫羽は苦笑した。  白鳥を丁寧にベッドへと寝かせ、畳んだままの服は室内のテーブルの上。カバンも同じように置いて、眼鏡はベッドのサイドボードの上に置いた。 「鍵は合鍵を作ります」 「型取っといたよ」  粘土に押し当てた鍵型を手にした猫羽はニヤリと笑う。そして今度は猫羽の部屋の鍵を手にした。 「じゃあね、先生。また明日~♪」  白鳥の家のドアへと向かって自室の鍵を回す。そうするとまた、まったく違う家へと繋がる。  これがチェシャ猫の能力だ。  鍵を持っていればどのタイミングでも、その鍵の先へと空間を繋げる。案外使い勝手のいい能力で本人もお気に入りだ。  ドアが閉まり、何事もなかったようにいつも通りとなり、この日の悲劇はまるで何もなかったかのように全てが終わったのだった。

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