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2-3:生徒会室の秘密

 放課後になり、私は生徒会室を訪ねた。  この学校では生徒の自主性を重んじている。その為生徒会の権限は強く、生徒会長ともなれば生徒ばかりか教諭陣にも尊敬される。当然、発言権も強い。  その分求められる事も多く、期待値も高い。重圧もあるだろう。  現在の生徒会長である白雪は今年で二年会長を務める優秀な生徒で、教諭の中には言いなりになっている人もいるくらいだ。 コンコン  ノックをすればすぐに「どうぞ」という声がかかる。  中に入ると白雪は二人分のお茶を用意していた。 「お越し頂きまして有り難うございます、白鳥先生」 「こちらこそ、待たせてすまなかったな」 「お忙しいのを承知でお願いしたのですから、構いませんよ」  品良く微笑む白雪に促され、私はソファーに腰を下ろす。白雪もその向かい側へと座り、丁寧な所作で紅茶を淹れた。 「どうぞ」 「有り難う」  カップからは華々しいフルーティーな香りが立ち上る。一口飲めばスッキリと飲みやすく、後には爽やかな渋みを感じた。 「ダージリンのファーストフラッシュか」 「さすがは白鳥先生。良い物が手に入りましたのでお出ししました」  微笑みながら白雪も紅茶を楽しんでいる。指先まで気を配った仕草は本当に美しく映る。さすがは作法や礼節においても常にトップの成績を取る生徒だ。  一通りお茶を楽しんだ私は、白雪を見る。置いたカップを見た白雪は嬉しげに微笑みかけてきた。 「もう一杯いかがですか?」 「あぁ、いや。十分に堪能させてもらった。さすがは白雪だ、茶器の温め方、湯の温度まで気を配ってある」 「有り難うございます。ここにアップルパイがないことが残念でなりません。この紅茶にはとても相性が良いのですが、そうした物を出してはならない決まりですので」  確かに癖の少ないダージリンにアップルパイは最高の組み合わせだ。想像すると食べたくなる。今週末は喫茶店に赴き、それらを楽しむのもいいかもしれない。  そんな事を考えながら私は、白雪の楽しげな笑みに見入っている。親しげでありながら、それでいて気品溢れる表情と雰囲気は匂い立つ白百合のようだ。  ブルーグレーの瞳が私だけを見つめ、私にだけ笑みを向ける。その事実に気恥ずかしさと同時に体が火照り、緊張からか胸がドキドキし始めた。 「優しい顔をする先生を初めて見ました。冷酷な鬼教官などと一部の生徒は言いますが、今の顔をみればきっと誤解だと分かるでしょう」 「からかうのは止めてくれ。私の顔を見て生徒が気を引き締めてくれれば構わないんだ。それも私の役割だと思っている」 「生徒の為、あえて厳しく接する先生の姿勢には頭が下がります。先生はこんなにも生徒を思っているというのに、冷酷だなどと勘違いしている者が多いのは悲しい事です」 「あまり持ち上げないでくれ。そういうのは、慣れていないんだ」  頬が更に熱くなる。恥ずかしくて、嬉しい。白雪のような優秀な生徒が私を理解してくれる。それがこんなにも心に響くなんて思わなかった。 「ところで、私に相談というのは?」  火照る頬を意識の外にやろうと、私は話題を変える。このままでは顔が真っ赤になってしまいそうだ。  白雪は少し名残惜しそうな顔をしながらも、「そうですね」と言ってカップを戻す。そして真剣な目で私を見た。 「現在生徒会を担当している能瀬先生が、老齢を理由に退職を考えているようなのです」 「え!」  思わぬ話しに私が驚いてしまう。  能瀬先生は古株で、長年生徒会を担当してきた。穏やかな人柄で新人の指導係としても動いてくれている、頼りになる人だ。私も新人の頃はお世話になった。  だが、確かに老齢ではある。髪には白髪が混じり、歩く姿も小さくなってきたように思う。 「今年になって持病の腰痛も悪化し、少しずつ業務を減らしてゆきたいと相談されたのです。そこで生徒会の担当を他の先生に任せてはと、私から提案をいたしました」  話しが進むにつれて、私の緊張は増していく。この展開は、まさか。  白雪の視線が真っ直ぐに私へと向けられる。真剣な表情に、嘘偽りはない。 「私は白鳥先生が適任だと思っております。能瀬先生にもそう伝えました。先生は真面目で優秀な先生ですし、不慣れな部分は私もお手伝いいたします。どうでしょうか、受けてくださいませんか?」 「だが、私はまだ若く経験も他の先生より浅い。私よりも適当な人は……」 「私は白鳥先生が良いと思っているのです」  有無を言わせぬ強い声に、私は言葉を失った。彼は生徒会長である前に姫、つまりは王族だ。人を従える声音や表情、空気というものを持っている。  まさか私が生徒会の担当? 他の先生をさしおいて、どうして。確かに真面目に仕事はしてきた。指導も熱心にしている。だがそんな事は他の先生も同じだ。私が特別なわけではない。  緊張からか、心臓がドキドキとして体が熱い。内側から火照っているのは、きっと思いも寄らないことを言われたからに違いない。突然降って湧いた重責に動揺しているだけなんだ。  息が乱れる。気持ちが落ち着かなくなっていく。こんな事くらいで、自分を乱すとは。 「先生、どうしました?」 「いや、緊張しているだけだ。白雪、お前の申し出はとても嬉しいんだが、すぐに答えられる話しではない。考える時間をくれないか?」 「何か不安な事でもおありですか?」 「いや、そういうわけでは……っ」  心配そうな瞳、傾げられる首、それに合わせて揺れる髪。そんな小さな仕草から目が離せなくなっていく。どうしたというんだ、私は。  テーブルに置いていた手に、白雪が触れる。その途端、肌を走ったゾワリとした感覚に私は驚き焦る。この感覚を知っている。猫羽と教室で淫らな行いをしてしまった、あの時に感じたものに似ている。  なんだ、私はあのような破廉恥な事を白雪に求めているとでも言うのか。あんな、あんな……。  考えたら余計にザワザワとして、呼吸が乱れる。  手の甲を撫でる白雪の白い手。私はたまらず自らの手を乱暴に引いた。  肌の上を落ち着かない感覚が走って行く。あらぬ部分が熱くなるようだ。このままでは、白雪にまで私はいけない感情を抱いてしまう。  月宮という愛しい人がいる。姿を見かけるだけで切なさと愛しさに胸が締め付けられ、吐き出さなければ苦しさに耐えきれず窒息してしまいそうな想い人。彼への思いを綴り続けた手帳は、私の宝であり心の全て。  にも関わらず私は目の前の白雪にも同等の切なさと苦しさを感じている。触れてみたい……いや、触れられたいと望んでいるだなんて。なんて節操のない男になってしまったんだ。 「すみません、お嫌でしたか?」 「あっ」  酷く傷ついた顔をする白雪を見て、私は先程の態度を反省する。  私を案じてくれたのに、私はその手を振り払うように。なんて酷い事をしてしまったんだ。生徒の優しさを踏みつけるような事をしてしまった。  だがいけないんだ。私は猫羽と関係を持ってしまったあの時から、どこか違ってしまっている。妙にリアルな夢を見て、堪らず自らの体を慰める事すらある。妄想で済ませられたものが、それで終わらなくなってしまっている。  こんな醜い大人の欲望を、あろう事か教え子に向けてしまうだなんて。滾るような疼きと、急速な渇きが襲ってくる。頼む妄想よ、これ以上私を苛むのはやめてくれ。私は見守り、想うだけで十分なんだ。暴き立てるような事をしないでくれ。 「申し訳ありません、先生。ただ、先生が心配で」  伏し目がちな白雪の長い睫毛が心細く揺れている。  ドキドキと、白雪にまで聞こえてしまいそうなほど私の心臓は音を立てる。急に体が熱くなる。  違うんだ白雪、私はお前を悲しませたいんじゃない。今の私はどこか変なんだ。自分で自分の事が分からない。  この感覚に覚えがある。校庭で、廊下で、月宮を見かけた時にふと感じる感情。禁断の愛を自覚し、それでも触れたいと願う時の甘い苦しさに似ていないか?  まさか私は、月宮という最愛の人がいながら、白雪を……?  私は驚いて白雪を見る。|肌理(きめ)の細かい白い肌や、サラサラと揺れる髪、ブルーグレーの瞳まで、全てに心臓が高鳴ってしまう。  浮気者だ。  月宮に触れたい。許されるなら言葉を交わし、微笑みかけてもらいたい。触れてくれたならどんなにいいだろう。ほんの少し、事故のようでもいい、私の肌で彼の体温を感じられたなら、それで十分幸せなのに。  それほどまでに想っている人がありながら、他の生徒に目移りをして、あろう事かこんなにもときめいている。クラクラとのぼせ上がってしまうほどに、白雪の視線や動き、言葉から逃れられない。体が彼を求めて私を責め立てている。  月宮が愛しい。だが駄目だ。私の目は白雪を追っている。触れられたいと何処かで思っている。体が切ない熱を発しているのだ。このままでは私の体はこの熱に焦がされて、燃え上がってしまうだろう。 「本当に顔色が優れませんよ、先生。もしや、熱などおありなのでは?」  白雪のひんやりとした手が額に触れる。熱を測る仕草、触れた肌に心臓は今日一番強く胸を打った。 「大丈夫だ!」  慌てて立ち上がった。その瞬間、世界が歪んで力が入らなくなった。膝から崩れてソファーの上にへたり込む。息が乱れ、鼓動が早まり、力が抜けていく。  流石に、おかしい。これはもう、恋の病という死病ではなく、本当の病気なのではないか?  急に不安が押し寄せてくる。今もまだ力が入らず、心臓が早鐘を打ち、切なさと苦しさに絡め取られて気持ちが乱れきっている。 「先生!」  青い顔をした白雪が席を立ち、私の側へと駆け寄ってきた。ヒヤリとした手が触れるだけで体に熱が籠もりゾクリとした感覚が走っていく。 「はぁ……」 「具合が悪いのですね。少し、失礼します」  中途半端にソファーの背に凭れた私を寝かしつけた後、白くほっそりとした白雪の指が私のタイを解く。  シュルリと衣擦れの音がして、首元が楽になった。続けざまにジャケットのボタンを、ベストのボタン、そしてシャツのボタンに手がかかったとき、流石に私は止めた。 「まってくれ、それは!」 「いけません、先生。少しでも体の熱を発散させなければ」  あっという間にシャツのボタンを開けられてしまい、肌が空気に触れる。涼しいはずなのに、まったく熱が引いてくれない。本当に酷い熱病にでもかかったのだろうか。 「肌がこんなにも上気して……」  気遣わしい表情の白雪が、しっとりと胸や腹を撫でる。その微かな刺激に私は熱い息を吐いた。  駆け上がるゾクゾクとした感覚。目眩がしそうに強く、後を引く。  駄目だ、この感覚を追ってはいけない。快楽に飲まれてはいけない。  でも、気持ちいい。ヒヤリとした指先が胸の辺りに触れただけで、コリコリとした感触が体に響く。  なんて事だ、もう乳首が反応しているのか? 体を案じて摩ってくれる優し手を、私は卑猥なものとして受け取っているのか? 「胸が、腫れているようです」 「あっ、ちがぁぅ」  白雪の手が乳首の粒を捏ねるように触れた瞬間、うわずった声が出てしまう。ビクビクっと体が震える。  知られてしまった。白雪に、私の浅ましい欲望と卑猥な人間性がバレてしまった。あぁ、見ないでくれ。教師ともあろう者が乳首を捏ねられて欲情し、腰を揺らすなんて。 「いけません、先生。こんなに熱を持って……悪い毒に犯されていたら大変です」 「悪い……毒!」 「私でお力沿い出来るか分かりませんが、任せて頂けますか?」  ブルーグレーの瞳が心配そうに揺れている。そしてそっと、私の胸へと顔を寄せてきた。  チュッと、尖った頂きにキスをされ、背がブルブルッと震える。突き抜けた刺激の強さに脳を射貫かれ、高い声が上がった。 「はぁぁっ」 「吸い出しているのですから、我慢して下さい」 「あぁ! 駄目、だ白雪。私は大丈夫だから、下手にさわ……んぅぅ!」  チュッと強く吸われ、もう片方は彼の指で根本から絞り出すように摘ままれる。強い刺激は知ったばかりの快楽となって私を串刺しにする。  ビクッ、と背が痙攣する様に跳ねるのを止められない。「いけないことだ」と強く主張する一方で、「もっと欲しい」という欲求が生まれていく。  より体を寄せてきた白雪の手が、私の股座に一瞬触れた。熱く滾り硬くなっている部分に擦れる。 「ひぁあ!」  我慢出来ず喘ぎで、白雪は私の様子の変化に気付いたのだろう。視線が下肢を捉え、驚きに見開かれている。 「あっ、違う! これは違うんだ、白雪!」  頼む見ないでくれ。お前にこんな姿を見られたくはないんだ。  切願は届かない。震えながら、白い指先が確かめるようにズボンの前をなぞる。布越しの微かな刺激だというのに、膨らみはよりはっきりと盛り上がる。ヒクリと跳ねた先端は、下着のなかでぬるりと先走りを溢している。 「あっ、触らない、でぇ……」 「いけません、先生。大切な部分をこんなに腫らして。こんな部分まで毒が回っておりますよ」  ジジジジジッとファスナーが下ろされ、窮屈なズボンを膝まで下ろされる。下着の布越しに撫でる白雪の手。触れるたび頭をもたげる欲望の象徴は、あっという間に先走りでシミを作っていく。 「悪いものは全て出してしまわなければなりませんね」 「え? んあぁ! だっ、駄目だ白雪! やめ……はあぁ!」  下着まで下ろされ露わになった下半身で、私の欲望ははち切れんばかりに膨らみ、だらしなく涎を垂らしてヒコヒコと頭を揺らしている。ヌルヌルと腹を汚す透明な体液を塗り込めながら、白雪の白い手が赤く腫れたものを丁寧に上下に擦っていく。 「はぁぁ! だめぇ!」 「いけません、先生。出さなければ腫れは引きませんよ」 「ちが、これはぁぁ」  腫れているのは間違いない。けれどこの腫れは病気ではなく生理現象なんだぁ!  だが白雪には伝わってくれない。心配そうに揺れる瞳、的確に握り込まれ上下する手。鼓動は加速して思考は濁る。「駄目だ」という理性よりも、「吐き出したい」という欲望が強くなる。 「あぁぁ! だめぇぇぇ!!」  背をビィンをしならせて、私は吹き上げるように吐精した。足がつっぱり、腰が浮き上がる。顔にかかる熱い飛沫からすえた臭いがする。不快とも取れるはずなのに、今はこの臭いが更なる興奮を呼び込んでいる。  白雪を見ると、目を見開いて驚いた様子でいる。彼の白い手が、滑らかな頬が、私の飛ばした白濁に汚れている。私が美しい彼を汚してしまった。 「あっ、ちが……すまない白雪、こんな……」  どう謝罪しても許されない。私を案じてくれた生徒に、私は欲望を吐き出したんだ。  白雪が、汚れた手を見つめる。頬についた汚れを親指で拭い、それをペロリと舐めた。  ゾクッと背に走るのは更なる欲望だ。  艶めかしい瞳は、トロリと蕩けたよう。形のよい唇から覗く舌先は赤く鮮やかだ。 「知りませんでした、先生。これが男の人の味、なのですね」  見下ろす白雪の瞳から、案ずる優しさが薄れる。同時に増したのは、羽化をした妖艶な色香だった。 「どうした事でしょう、先生。貴方を見ていると、私の体は知らぬ熱を孕んでゆくようです」 「それは……」  私の痴態に興奮していると言うことなのか? 私を見て、白雪が…… 「あぁ……なん、で……」  一度、あんなに出したのに私の欲望は再び力を取りもどし、硬く立ち上がって痛いくらいに腫れている。体の熱もまったく引いていかない。それどころか、あらぬ体の深い部分がジンジンと痺れていく。  どこが痺れて行くのか、覚えがある。猫羽によって教え込まれたの尻の奥のほうだ。 「先生、責任を取ってこの熱を鎮めてください。貴方が私をこんなにしたのですから」  白雪のズボンの前もまた、盛り上がっているように見える。  私の淫乱な体が、彼を大人の欲望に目覚めさせてしまった。 「拒むだなんてこと、しませんよね?」  耳元で囁かれる声に、私は呆然と頷いた。

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