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2-5:秘密は増える一方で

 どのくらい時間が経ったのだろう。気付けば私はソファーの上に寝かされ、丁寧に毛布をかけられていた。  見れば外は既に暗く、離れた会議机の上のスタンドライトだけがぼんやり白雪を映し出している。  真面目に仕事をしている様子は、先程とは結びつかない。やはり彼は真面目で優秀な生徒なんだ。私が淫乱なばかりに当てられて……彼だって思春期の、多感な年頃なんだ。目の前であんな風に私が乱れたから、引きずられてしまったんだ。  教師失格だ。その思いに落ち込んでいると、不意に瞳がぶつかった。 「起きましたか」 「あ……」 「体の具合はいかがですか?」 「いや、もう……」  「大丈夫」と言うよりも前に、目の前に冷たいミネラルウォーターのペットボトルが差し出される。栓を開けて飲み込めば、喉に気持ち良く流れ込んできた。 「少し声が枯れています。本当に平気ですか? 痛い部分などは?」 「いや、大丈夫だ。有り難う。それよりも、その……」  ここで起こってしまった事は、どうしたらいいのだろう。白雪との淫行の数々が脳裏を過ぎる。随分な事を言い、痴態を晒し、自ら求めてしまった。  やはり私はこの学校に居てはいけないのか。生徒を正しく導く為の教師が、邪淫に耽り生徒の健全な生活を乱してしまっては居る意味がない。  だが言葉が出てこない。私はまだ未練がある。教師に憧れ、生徒に慕われたいと思いながらもそうはならず、嫌われても正しい道にと思っていた。けれど最近、僅かだが私を慕ってくれる生徒ができた。猫羽も、そして三咲も私と会うと挨拶をして、笑いかけてくれるようになった。  去りたくない……せめて、もう少し…… 「先生、顔を上げてください」  柔らかな白雪の声に顔を上げれば、彼は慈母のような笑みを浮かべている。そしてそっと、私の手を握った。 「今日の事を悔いているのでしたら、その必要はありません。私達はきっと、いけない毒に犯されていたのですよ」 「いけない……毒?」 「そう。意地の悪い魔女の毒。貴方の心を拐かし、私の心を乱した。それに、私は貴方を訴えたりはいたしません。貴方はこの学校にも、そして私にとっても必要な方ですよ」  真摯な瞳に見つめられ、私の目に涙が溢れる。  なんて優しい子なのだろう。なんて、慈悲深いのだろう。私の罪を許してくれるのか。あんな事をしてしまったのに、水に流してくれるのか。 「有り難う……」  震えながら手を握り、白雪を見る。彼はフルフルと首を横に振ると側を離れ、机の上にあった書類を私の前に出した。 「先生、どうか私の側に。私は貴方の事をもっと知りたいのです。貴方の趣向や、悦ぶ事、表情も、言葉も」  生徒会の担当職員の依頼状。  これに署名して、捺印すると私は依頼を受けた事になる。  いいのだろうか、こんな私が側にいても。生徒会の担当なんて名誉を受けても。  だが、白雪は言ってくれた。私の事を知りたいのだと。喜びを共有したいと。生徒会としての成功と達成感を側で感じたいと思ってくれているのだろうか。  私はサインして、捺印した。白雪がそこまで私を必要としてくれるなら、私はそれに応じたい。慕ってくれるのならば、受け止めたい。  受け取った白雪は綺麗な笑みを口元に称え、「確かに」と机の方へと戻っていく。  その一瞬、ほんの少し唇が何かを呟くように動いた気がしたが、残念ながら聞き取る事はできなかった。 END

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