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「あっ」
朝、学校について自販機コーナーでちょっぴり気まずい瞬間。コインを投入しようとしたところで、もう一人の人と指先がぶつかってしまう。運命の予感、と顔をあげてがっかり。相手は男。
「す、すみません……お先にどうぞ、……っていうか波折先輩かよ!」
一瞬、相手が誰だかわからず笑顔を浮かべたことを、沙良は後悔する。指先がぶつかったのは波折のようだった。波折は「やかましい」とでも言いたげに目を細めてこちらをみている。
「……なんです、それ。おかげで誰だかわかんなかったんですけど」
「……声の調子悪くて」
波折はマスクをかけていた。それのせいで、沙良は相手が誰なのか、一瞬わからなかったのだ。言われてみればたしかに波折の声は少しだけ掠れ気味で、声の調子が悪そうだ。
「生徒会長ともあろう人が体調管理もまともにできないなんて……だっせえ」
「……先にいいんだろ」
「あっ、さっきのはあんたが波折先輩ってわからなかったから」
波折は沙良の嫌味を無視して、コインを投入する。もう、波折のすることすべてに腹が立つ。沙良はいらいらとして、波折が飲み物を選んでいる隙にさっと割り込んで手を伸ばし、ボタンを押してやった。
「あっ」
がこんと、音をたててボトルがおちてくる。沙良はそれを拾うと、にやにやとしながらそれを波折に渡してやった。
「どうぞ、波折先輩。俺はこれ、まずくて最後まで飲めなかったんですけど」
「……どうも」
波折はじろっと沙良を睨みながらボトルを受け取る。『生姜エキスたっぷり配合はちみつレモネード』。思った以上に生姜の味が強烈ではちみつレモネードの味とぶつかっていた、この飲み物。生姜好きにもレモネード好きにも不評だったこの飲み物は、なぜかこの自販機コーナーからいつまでもなくなってくれないと生徒たちの笑いの種にされている。喉には良さそうだしありがたく受け取れよ、と沙良はいやみったらしい笑顔を波折に向けてやる。
「……この前生徒会への要望に、このジュースさっさとなくせって意見がきていたな」
「そんなこともくるんですか」
「まあ、可織が「風邪ひいたときにいつも飲んでいるから」って理由で却下していたけど」
はあ、と波折はため息をついて沙良からコインをとりあげる。「あっ」と沙良が驚いている間に、波折はコインをいれてボタンをおしてしまった。でてきたのはピンクのパッケージの『いちごみるく』。女の子が持っていたら可愛いやつ。ものすごく地味な嫌がらせをしてくる……と睨むと、波折はその視線を無視してそのまま教室へ戻っていってしまった。
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