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***  昼休み、購買へパンを買いに行くと、珍しいことに波折がそこにいた。彼をみつけた他の生徒たちに囲まれて、にこにこと笑顔を振りまいている。なんか面白くないな、そう思って沙良は波折から視線を外して目当てのパンを掴んだ。会計をすませて、もう一度波折を遠巻きにみてみる。彼を囲っているのは女子生徒たち。相変わらずの王子様のような波折の表情に、彼女たちは心なしか顔を赤らめながら必死に話しかけている。 (よーくそんな作った笑顔にきゃあきゃあできるよな)    つまんない。いっとくけど俺はそこの王子様の他の顔も知っているんだからな、と心の中で彼女たちに喧嘩をうっていると、ぱちりと波折と目が合ってしまった。やばい、と思ったが目が合ったからには無視をすることもできず。 「波折先輩……珍しいですね、パンなんて」 「ああ……寝坊しちゃって」 「寝坊? 珍しい……」 「……俺だって寝坊くらいするよ」  他の生徒が周りにいるからか、返事は穏やかだ。自分にその王子様スマイルを向けられていることは癪だが、波折も寝坊をするという事実は面白いと思った。生徒会長も意外と抜けている、というか。「波折くんいがーい!」という外野の声に沙良は心のなかで「うるせえ!」と罵声を浴びせて沙良は更に話しかけてみる。 「なんのパン買っているんですか?」 「ああ……えっと、メロンパンとコロッケパン?」 「ああ、俺もそれ好きですよ。よく買っています」 「っていうか……神藤君の真似して買ったんだけどね。パンはよくわからないから、このまえ神藤君が食べていたものと、同じやつ」 「んっ!?」  つくりものっぽい、照れ笑い。表情こそは対全校生徒用だが、言っていることは本当だろう。あの波折が自分の真似をして……それも、一緒にごはんを食べたのは少し前のことだというのにそのとき自分が食べていたものを覚えていた、ということに沙良は驚いてしまった。それと同時に、凄まじい優越感を覚える。妙にどきどきとしてしまって、心がるんるんと跳ねてしまって……沙良は思わずにやけてしまった。 「あ、あの……よければ今日も一緒にごはんを……」 「……いいよ」  嬉しさのままに誘ってみれば、波折はオーケーしてくれた。そういえば最近は少し、波折は穏やかだ。あの、図書館でたまたま出くわしてから一週間ほどたつが、あれから少しだけ沙良への態度が柔らかくなっているような気がする。気のせい、と言われればそれまで、くらいの変化だが、以前ほど突っぱねられることはなくなった。 「あっ、そういえば君、生徒会の副会長の一年生だよね! だから波折くんと仲いいんだ!」 「えっ、……ああ、……えーと、副会長だから、ってわけじゃない、ですかね」 「そうなの?」  波折と一緒に購買を離れていくとき、波折を囲っていた女子生徒が沙良に話しかけてきた。テンションが高いままに話しかけられて戸惑いながらも適当に返した沙良の返事を、波折は不思議そうな顔できいていた。

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