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*** 「相談ってなに」  活動が終わって他のメンバーがでていくと、波折は早々に鑓水に尋ねた。鑓水は「あー、」と気のない返事をしながら席を立ち上がり、ふらふらと出入口まで歩み寄ってゆく。はやくしろ、と波折が少しだけ苛立っていれば、鑓水はへらっと笑って振り返った。 「ごめん、相談があるっていうの、嘘!」 「はあ?」 「いやいや、でも話はあるんだよね」  あからさまに嫌そうな顔をした波折にも、鑓水は屈しない。いつものような飄々とした笑顔を浮かべる鑓水に、ここで波折はようやく違和感を覚えた。鑓水の動き――「あ」と思った瞬間には、鑓水は生徒会室の鍵をかけてしまった。 「鍵をかけてまで話すことか」  波折が訝しげに眉をひそめる。そんな波折の表情をみて鑓水は、ふん、と冷たく鼻で嗤った。それは、いつもとはまるで違う侮蔑の微笑み。自分の置かれている状況を把握していない波折を嘲笑うように、鑓水は口元を歪めたのだった。 「ねえ、かいちょー。金にでも困ってんの?」 「……は?」 「あんないやらしい動画にでちゃってさ」 「――ッ」  冷水を浴びせられたように血の気のひいてゆく波折をみて、鑓水は吐き出すように笑い出す。目をみひらいて固まってしまった波折につかつかと歩み寄っていき、が、とその腕を掴む。そして、波折の眼前にスマートフォンを突き出した。 「これ」 「……っ」 「あのとき、おまえがすっげえ拒絶した動画、覚えてる? こういうの苦手だって言ってさ、」  スマートフォンには、動画の再生ボタンが表示されていた。逃げようとする波折の腕をギリギリと強くつかみ、鑓水は無理やりそれを見せつける。唇を震わせる波折をみて、その瞳をすうっと細め……鑓水は再生ボタンをタップする。 「……」  甲高い嬌声が流れると共に、淫らな少年の映像が流れだす。自らのアナルを玩具でいじめる少年。それを見つめる波折の表情は、この世の終わりでもみたようなもの。 「はい、ストップ。ここにご注目」 「……!?」  鑓水は突然動画をとめて、少年の手元をアップにした。玩具を掴んでいるその手だったため波折は目を逸らしたくなったが、「みろ」と言われては従うしかない。 「この、右手の薬指の付け根? 小さいほくろあんじゃん。波折。自分の右手、みてみてよ」 「……」 「同じ場所にほくろあるね~」  自分の右手をみて絶望したような表情を浮かべる波折を、鑓水は舐めるように見つめる。再び動画を再生し、少年のモザイクのかかった顔が映されたところでまた停止する。そして、波折のネクタイの結び目をさげて、シャツの第一ボタンをひらき、ぐ、と指を突っ込んだ。 「次、左の鎖骨にもほくろ。波折の左の鎖骨にもほくろ。同じだねー」 「……ちょ、ちょっと……」  じろじろと胸元を覗きこまれて、波折はばしりと鑓水の手を振り払う。それと同時に腕を掴んでいた手も振りほどいて、波折は鑓水から距離をとり、震える瞳で睨みつけた。 「た、他人の空似だ……! 俺がその動画にでてるっていいたいんだろ……たまたまほくろの位置が一致したくらいで……」 「9月25日。緊縛プレイの動画がアップ。その次の日の波折の手首には普通に暮らしていたらまずはつかないような痣があった。10月3日。その日の動画で激しいプレイのあと少年の声はかすれ声になった。10月4日。前日アップされた動画のように……波折の声は、枯れていた」 「……な、なんだよ、なんでそんな細かい日にちまで、」 「まあ、偶然の一致かもしれないしさ」  鑓水は机にスマートフォンを置くと、一気に波折に詰め寄る。波折は逃げる間もなく、壁と鑓水の間に閉じ込められてしまった。鑓水は目の前で震える波折ににっこりと嗤って見せて、ポケットから何かを取り出して波折の唇に押し当てる。 「ちょっとこれ食べてみてくんない? チョコレート」 「……ッ」

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