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「けいた……だめ……」 「好きだ……波折」 「あっ……」  息継ぎのたびに波折は鑓水を拒絶する言葉を吐いたが、彼は構わずキスを繰り返してくる。抵抗するための手も掴まれ、床に縫い付けるようにして手首を押さえつけられてしまう。完全に抵抗のできない状態となり、波折はただ彼のキスを受け入れることしかできなかった。 「だ、め……」  心臓がドクドクと高鳴って、息が苦しい。胸が締め付けられるように痛い。キスをされてこんな風になるのなんて初めてで、波折はもう動けなくなってしまって、体から力を抜いていった。波折の抵抗がなくなったことを察した鑓水がようやく唇を離して、波折を見下ろす。 「わかった? 俺の気持ち」 「けいた……もう、しないで……キス、だめ……」 「そう言っているうちは何度でもするぞ」 「ちがう……痛い、痛いから……胸が、痛い……」 「……」  鑓水ははっと瞠目したかと思えば黙りこみ、切なげに目を細めた。そして、ふ、と微笑む。波折の頬をするりと撫でて、その瞳に浮かぶ涙を指ではらってやった。 「ごめん、余計、やめられない」 「けい、た……んっ……んん……」  鑓水が波折の後頭部を掴み、自分の方へ引き寄せる。そして、唇を覆うようなキスをして、腰も抱く。まるで鑓水のなかに閉じ込められるような、そんなキスをされて波折はおかしくなってしまいそうだった。心臓が爆発しそうになった。あんまりにも気持ちよくて、身体が勝手にびくびくと反応してしまって、仰け反ってしまう。  なにこれ、おかしい、俺、おかしい。  このまま彼にめちゃくちゃにされてしまいたい。いつもと同じような、でも違うようなその想いに波折は自分で混乱してしまう。彼がいい。彼に触られたい。彼に愛されたい。こんなことを考えるなんて絶対におかしいのに……波折は溢れだす想いに抗うことができず、鑓水に身を委ねてゆく。  唇を離せば、銀の糸がひく。すっかり蕩けた波折の表情に、鑓水は息を呑んだ。 「あっ……や、……」  鑓水が波折の服の中に手を差し入れる。ゆっくりと波折のカーディガンとシャツはたくし上げられていき、波折の身体は胸まで露出してしまった。ほんの少しだけ冷たい空気に触れて波折の腹はひくひくと動き、乳首がつんと立つ。そんな身体を鑓水の大きくて温かい手のひらがゆっくりとなで上げれば、波折の唇からはため息が零れてしまう。 「あ……あぁっ……けい、た……だめ……」  鑓水の手が、ピタリと波折の胸にあてられる。心臓がバクバクといっていることがバレるのが何故か恥ずかしくて、波折はゆるゆると首を振った。まるで心臓を包まれているような、そんな心地になって波折の息はさらにあがってゆく。いつものように刺激を与えられているというわけでもないのに、全身から汗が噴き出してきて、顔が熱くてたまらない。 「すっげードキドキしてんな、波折」 「……や……はなして……けいた、……こわい、やだ……」 「離していいの? もう、触らなくていいのかよ、波折」 「……っ、」 「俺は波折の身体全部を可愛がりたい、おまえのこと、どろどろに愛したい」 「や、ぁ……そんなこと、されたら……おかしくなるから、……だめ、ぇ……」 「おかしくなれよ、俺の前で、おかしくなっちまえ、波折……」  これ以上触らないで。狂ってしまう、胸の奥から沸き上がる何かに、狂わされてしまう。それでも鑓水の熱視線から、逃げられない。彼の視線に身体が燃やされてしまいそうだ。ぞく、ぞく、と色んなものが溢れだす。ぐちゃぐちゃに、めちゃくちゃに、この身体を溺愛して欲しい。触って欲しくないのに、触って欲しい。もう、どうにでもして。  ……そう、思ったのに。 「……け、いた?」  波折がぽろぽろと泣きながら拒絶を繰り返していると、鑓水が起き上がって波折から離れていってしまった。本当にやめちゃうの? 波折は思わず鑓水の足を掴む。ぱちくりと目を瞬かせた鑓水に縋り付いて、床に涙がぼたぼたと落ちるほどに泣いて、懇願した。 「……やめ、ないで……けいた……けいた、愛して、おかしくして、……けいた……触って……」 「……、」  鑓水は波折の言葉を聞くと、パッと波折から目を逸らして頬を微かに染める。そして、波折の手をとってぼそぼそと呟いた。 「……えっと、ちゃんとベッドでセックスしたいなって」 「へっ……」 「ごめん、ほら……床、痛いだろ。波折」  気まずそうにそう言った鑓水に、波折は一瞬冷静になって自分の発言を顧みる。そうすれば急激に恥ずかしくなって、波折はカッと顔を赤らめた。  俯いて黙りこんでしまった波折をみて、鑓水はおかしそうに笑う。鑓水がテーブルに置いてあったリモコンに手を伸ばしボタンを押すと、部屋の電気がぱっと消えた。  視界が真っ暗になったせいか、他の器官が敏感になる。波折の息遣いは暗闇に溶けていって、秘めやかな空気をつくりだしてゆく。鑓水はベッドに腰掛ければ、スプリングがギシリと鳴った。 「……波折、おいで」  鑓水が波折を優しい声で呼ぶ。そうすると床にぺたりと座っていた波折はそろそろと顔をあげて、ゆっくりと立ち上がり、鑓水の隣にちょこんと座る。 「……もっと近づけよ」 「……うん」  波折がゆっくり、鑓水に近づく。肩が微かに触れ合うくらいまで近づけば、鑓水が波折の腰を抱いて自分の方へ引き寄せた。波折は、く、と息を呑んで鑓水の肩に頭をあずける。 「……波折」 「……ん」 「好きだよ」 「……」 「俺、波折のこと好き」 「……」 「波折……」  するり、鑓水の指が波折の髪の毛に絡まる。ぴく、と波折は震えて目を閉じた。心臓がどきどきとしすぎて、波折は今にも窒息してしまいそうだった。鑓水の手が頭を撫でてくると胸がきゅんきゅんとしてしまって、苦しい。軽く掴まれて、顔をあげさせられれば……鑓水と目が合う。愛おしい、そんな彼の気持ちが真っ直ぐに伝わってくるようなその瞳に、心臓を貫かれたと錯覚するくらいにドキリとした。

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