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***  今日の波折の料理は肉じゃがだった。優しい味が体に染みるようなそれに、これは本格的に嫁に欲しいぞ、なんて思いながら鑓水は夕食のときまで波折のことを想っていた。 「波折~一生養って~」 「んー? 慧太はちゃんと女の子と結婚して子供つくりなさい」 「やだよ。波折とずっといたい」 「あは、俺とは結婚できないよ」 「じゃあ外国いって結婚しようぜ!」 「……外国?」  食べ終えた食器を片付けながら、波折がきょと、と鑓水を見つめる。あれ、何か変なこと言ったかな、と鑓水が首をかしげれば、波折がどこか遠くを見てつぶやく。 「外国……外国かぁ……ふぅん」 「な、なんだよ」 「外国にいったら誰も俺たちのことを知らないだろうね」 「そうだな?」 「そっかー……誰も、俺のことを知らないところ。全部から逃げられるところ。いいなぁ、行ってみたい」  波折が立ち上がり、食器を流しに持って行く。軽く食器を洗って水に浸け、手を洗うとまた鑓水のもとへ戻ってきた。 「慧太」 「ん?」 「……俺を、どこか知らないところへ連れ去ってくれますか」 「えっ……」  波折の切なげな表情に、鑓水は固まってしまう。一体どういうことだ……そう思って、気付く。「ご主人様」から逃げたいのか、と。でも……波折はたしか「ご主人様」に心酔していなかったか。なぜそんなことを言ってきたのか。そして、「誰も知らないところ」へ逃げなければ「ご主人様」からは逃げられないということなのか。 「うそ。じょーだんだよ、慧太」 「な、波折……」  鑓水がごちゃごちゃと思案していれば、波折が誤魔化すようににこ、と笑った。なんだかその笑顔にムカついて、鑓水は波折の手をガッと掴む。そしてびくりとした波折に詰め寄って、言う。 「どこへでも連れ去ってやるよ。昼間も言ったけど、俺はおまえさえいれば何もいらない。ふたりきりで、どこまででも行こう」 「……だ、だめだよ。ごめん、ほんと冗談だから、ね、慧太」  へら、と波折が泣きそうな顔で笑う。またそんな顔で笑って、と鑓水が波折の手を強く握れば、波折が唇を噛んで瞳を震わせた。そして、潤んだ瞳で鑓水を見つめ、口付けてくる。 「でも……ありがとう。けいた。嬉しい」  波折がちゅ、ちゅ、とキスを繰り返してくる。鑓水はそれに応えながら、波折の頭をよしよしと撫でてやった。波折はぺたりと鑓水にくっついてきて、甘えるように唇を押し付けてくる。非常に愛らしいが、一体波折はどうしたんだろうと鑓水は不安に思った。 「けいた……俺、おかしくなっちゃいそう」 「……おかしく?」 「ほんとうに、溢れてくるんだ。慧太のことが好きって気持ち。こんなに……こんなに慧太に愛してもらって、俺……幸せ」  ……波折は鑓水の言葉が本当に嬉しかったのだろう。必死なくらいに鑓水にキスをしてくる。瞼をあければ、波折もうっすらと鑓水をみていたから、視線が交わった。熱視線が絡み合って、どくどくと心臓が高鳴ってゆく。 「慧太……大好き」 「俺も、波折のこと好き。愛してるよ」 「けいた……」  波折のことを本当にどこかへ連れ去ってしまいたい。抱えるもの全てから波折を逃がしてやりたい。でもそんなことできないから、と波折自身が諦めている。しかしそうしてくれると言った鑓水に、波折は感謝していた。なんとなく鑓水はそんな波折の気持ちがわかってきて、馬鹿、と心の中で毒付く。俺は本当におまえのためならすべてを投げ出す覚悟はできているんだよ。この世界のなによりもおまえを愛している。なかなか伝わらない想いをこめて、鑓水はキスを深めてゆく。 「けいた……けいた……」  波折の手が、鑓水の服の中に入り込んでくる。あ、と思って鑓水は波折を抱き上げた。そしてベッドに座って、向かい合う。 「……けいた」 「……っ、波折」  波折が鑓水を押し倒す。ほんとうに、好きという気持ちが溢れている、そんな波折の様子に鑓水はくらくらとした。発情しているというよりも、とにかく鑓水に触れたい、そんな様子だった。  波折が服を脱いでゆく。そうすれば女物の下着を身につけた身体があらわになった。改めて見るとその下着をつけた波折は本当にいやらしい。白い身体にすけすけのレースの下着が妙に似合っている。

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