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「おい、兄貴、開けろ」
「や、やだ……来るな!」
この言い合いを繰り返して、どのくらい経っただろうか。なかなか錫は部屋の扉を開けようとはしなかった。一度思い切り殴ってきた鑓水のことを、ひどく恐れているらしい。しかも今日は一度監禁陵辱をした波折までいるという。錫が扉を頑なに開けようとしないのも当然といえば当然だった。
「……じゃあ、いいよ。このまま聞く」
鑓水は直接錫の顔を見て話すことは諦めた。幸い母も出かけているため、扉越しに話したところで会話を聞いている者もいないだろう。もしかしたら棗はいるかもしれない……とは思ったが、そこは仕方ない。
「……前に言っていたあの人って、誰だ。兄貴は魔力隠蔽する魔術なんて使えないだろ。その人に力を借りていたはずだ」
「だから……それは、教えないって言っただろ! 言ったら殺されるかもしれないから……!」
「……別に知ったところで裁判官に訴えたりはしない。教えろよ」
「う、うるさい……! どこであいつが聞いているか……」
参った、と鑓水は頭を掻く。これは何を言っても言わないだろうな、と。予想はしていたが、このままでは埒が明かない。どうしたものか……と鑓水が悩んでいれば、波折がす、と鑓水の肩越しに頭をのぞかせる。
「錫さん」
「わっ……うわああ!」
「大丈夫ですよ、慧太には言っても」
「……は?」
「……慧太には、知られても大丈夫。あの人もそう思ってくれていますから」
鑓水が、閉口する。波折は――「あの人」を知っているのか。なぜ?どうして?嫌な予感が鑓水のなかにふつふつと湧いてきて、冷や汗が頬に伝う。
「うまいように誘われて、魔術を使わされたんでしょう? そして捨て駒にされて、こうして引きこもっている」
「な、なんでおまえがそれを知っている……!」
「あの人のことを、知っているから。だから俺の言っていることは嘘じゃないですよ。慧太に教えてあげたらどうですか?」
波折は淡々と、錫に向かって話していた。
鑓水は、まだ「あの人」についてほとんど情報を知らない。近頃ニュースになっている魔女たちを裏で操っていると思われる人物と「あの人」が同一人物であるか、そんな確証も得ていない。しかし、錫の言う「あの人」が錫に魔術を使わせ、錫を魔女に仕立てあげたという事実は変わらず「あの人」がまともな人物ではないことはたしかだ。
「あの人」とつながっている波折は、一体……
「……知っているって言っても……たいしたことじゃない、顔なんて説明のしようがないし、名前も知らない……」
「……少しの情報でもいい」
「……裁判官だ。俺にああいうことをやれって煽ったのは、裁判官だよ! しかも一等裁判官だ、胸に金のバッヂをつけた……」
「一等裁判官……?」
一等裁判官、とは三段階ある階級の中で最も位の高い裁判官のことだ。その数は少ないため、「あの人」が一等裁判官であるということは、だいぶ正体を絞ることができる。
「……わかった、ありがとう」
「あの人」が一等裁判官であるということが、錫から聞きだせる一番の情報だろう。鑓水はそれ以上の言及を諦め、波折を連れて自室へ向かった。
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