283 / 350
4
***
魔女を狩る立場であるはずの裁判官が、魔女を手引しているとか。裁判官のなかでもトップにたつ人物が、裁判官の名を汚すことをしているとか。錫から聞き出した情報について色々と思うことはあるが、鑓水がどうしても気になったのはその裁判官を波折が知っているということ。昨夜波折が言っていた「俺が、たとえ、魔女だとしても」という言葉と相まって、波折と「あの人」との関係を疑ってしまう。
「波折……おまえさ、「あの人」とどういう関係?」
「……どういう関係だと思う?」
「……あの人、は裁判官で……たぶん、兄貴の他の人も誑かして魔女にしている。で、おまえはその「あの人」を知っている」
「うん」
「おまえもその人に誑かされて魔女にされた一人?」
「……」
波折はじっと鑓水を見つめた。じっと目を覗きこまれて、鑓水は思わず後ずさる。
「……なるほど」
ふ、と波折が笑った。嫌な笑い方だ、と鑓水は思った。人を嘲笑うような、そんな笑い方。でもそれに鑓水は嫌悪感を抱かない。自分がばかにされているわけではない、と感じたからだ。波折が嘲笑っているのは――
「俺が慧太のお兄さんと同じだと思う? 言いくるめられて魔女にされて、小さな犯罪を犯すだけのモルモットと同じだと思うの? 俺はやろうと思えば人を一瞬で殺せるよ」
「……おまえは、」
「俺はモルモットの方じゃない。研究者側だ」
「……「あの人」の仲間か」
――自分自身。
「……研究者、モルモット……おまえたちは、何を調べるためにそんなことを」
「エゴイズムの誘発かな?」
「はい?」
「ちょっとした検証みたいなものだよ。魔術の未来のために」
「話がみえねー……」
人を誑かすことを目的としているわけでも、犯罪を蔓延させることが目的でもないらしい。しかし、波折たちのやっていることは明らかな悪事だ。波折はそれを理解しているから、自分自身を嘲笑う。悪いことをしているという認識はきっちり持っているのだろう。少し前に、頑なに人の好意を受け入れようとしなかったのは、そういうことだ。自分が魔女で犯罪者だから、周囲の人たちと普通の生活を送ろうとはしなかったのだ。
……でも、それならどうして。
「……なんで、俺にはバレてもいいって思ってるんだよ。たとえば、神藤にこれは言えるのか」
「沙良に? 沙良にはあの人は言って欲しくないと思うかなあ」
「どうして」
「沙良は確実に俺たちの敵になりうる人間だからだよ」
「敵、」
「沙良は俺のことを好きって言ってくれる……だから尚更、敵につく。好きな人が悪事を働いているなんて、絶対に嫌って言うタイプでしょ、沙良は」
「へえ……神藤はそういう風にみられているわけ。じゃあ、俺は? こうしてバラさらている俺って、おまえたちにとって何?」
鑓水が、問う。もしかして自分も錫と同じモルモットとしてみられていて、そのうち口止めに殺されたりするんじゃないだろうな……そう思ったら酷く悲しかった。今まで波折に抱いてきた愛は何?そう思ってしまったから。しかし、そう悲観した鑓水に波折は優しく笑った。つ、っと鑓水に近寄ってきて、自分の体と壁の間に鑓水を閉じこめる。
「俺と一緒に来てくれるんでしょ」
「……え」
「俺のところに、堕ちて。慧太」
波折は微笑んで、そして鑓水に口付けた。悪魔のような……そう思ったのは一瞬。やっぱり波折のキスは、天使のように綺麗だった。
「……ん、」
――ああ、なるほど。
キスをされながら、鑓水は納得した。そうだ自分はどんな波折であってもその味方につくと決めているのだから、波折が何をしていようが関係ないんだった、と。波折が悪事を働いているのなら自分も同じことをやってみせるし、だから波折たちの妨害となるようなことは絶対にしない。波折はそれをわかっているから、こうして教えてくれている。
「波折……」
舌を絡め、キスに夢中になる。悪い奴なんだとわかっていても、波折が愛おしい。
このまま、本当に自分は魔女に成り果てるのだろうか。そんな未来が、よく見えなくて不安にも思う。でも、自分で立ち止まるつもりは、ない。だから誰かが止めてくれるのを、待つのかもしれない。そう、たとえば神藤のような――
ともだちにシェアしよう!