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*** 「篠崎くんの家に何をしに行くの?」 「えっと……今日、欠席したっていうので様子を見に……」 「へえ、鑓水くん優しいね」  淺羽の車の中は、独特な匂いがした。芳香剤とも違う、香水のような匂い。その匂いと、車窓から見える暗くなり始めた外の景色が相まって、まるで異空間のようだと鑓水は感じた。 「……!」  波折が、無言で鑓水の手を握る。そして、そっと寄り添ってきた。頭を肩に乗せて、甘えるように擦り寄ってくる。ルームミラー越しに淺羽に見られてしまうんじゃないかと思ったが、鑓水は波折を跳ね除けなかった。腰に手を回してやれば、波折は嬉しそうに微笑んで、目をとじる。  どこか、車内の空気が重々しい。波折が無言なのにも、ルームミラーに映る淺羽の目に光が灯っていないのにも、不気味だった。 ――ああ、なんかヤバイな。  直感的に鑓水はそう思ったが、今更引き返せない。住宅街が近づいてきて、そろそろ篠崎の家につくのだとそう思うと……まるで地獄へ近づいているのではないかと、そんな錯覚を覚えた。

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