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***  篠崎のマンションについて、彼の部屋まで歩いて行く。部屋に近付くたびに妙に心臓がドクドクと高鳴って、気分が悪かった。  とある部屋の扉の前に立って、先頭を歩いていた波折が立ち止まる。ここ、と波折が扉を指差してきたため、鑓水はその部屋のドアチャイムを押してみた。  一回、二回。しばらく押してから待ってみるが、中から反応はない。なんだか、ホッとしたような気がした。正直なところ、この部屋の中に何か恐ろしいものがあるような気がしたため、中を見たくなかったのだ。留守となったならもう帰るしかない。鑓水はわざとらしくため息をついて部屋の前から立ち去ろうとしたが…… 「慧太。鍵、あいてる」 「……、」  波折が部屋の扉を開けてしまった。どつやら鍵がかかっていなかったようで、あっさりと扉は開いてしまう。  鍵のかかっていない部屋。いよいよ、危ない。そう思った。しかし、逃げられない。波折がじっと見つめてきていたし、そして後ろには淺羽が立っている。 「鍵がかかっていない? 変だね、入ってみようか」  淺羽が鑓水の肩を叩いて入室を促してくる。鑓水は冷や汗を流しながら……ドアノブに手をかけて、扉を開けた。 「……え、」  扉を開けた瞬間に、鑓水はその中の様々な異変に気がついた。まず、気分が悪くなるような異臭がする。そして、壁全体に薄く魔力の膜が張ってある。この魔力の膜によって、部屋に充満する異臭が近隣の住人に気付かれていないのだろう。明らかに、魔女がこの部屋に入り込んで―― 「……」  一つの予感を覚え、鑓水は振り返る。波折が無表情でこちらを見つめていて……察した。波折が、篠崎に何かをした、と。  恐る恐る、中に入っていった。奥に行くほどにその臭いはキツくなってゆく。開け放たれた扉の先に、拷問の道具のようなものが置いてあって篠崎の趣味に寒気を覚えたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。少しずつ、少しずつ進んでいって……そして、ちらりとベッドを見た時に鑓水は思わずその場を飛び退いて小さく悲鳴をあげた。 「……こ、れ……」 ――ベッドに転がるのは、焼死体だった。シーツには血が飛び散っていて、そして焦げたJSの制服を身にまとっている、焼け爛れた人間と思われるものが横たわっている。 「うっ……」  溶けた、顔が見えた。皮膚がどろどろになって、それでも人の顔の形はしていて。急激にこみ上げてくる吐き気をこらえようと、鑓水は勢い良く口を塞ぐ。腰が抜けそうになって、ふらふらとしたところで……後ろから、誰かに抱きしめられる。 「慧太」 「……っ、波折……」  抱きしめてきたのは、波折。その声色は淡々としている。 「……一応、聞いておくけど。……これ、おまえがやったの」 「そうだけど? 銃で撃って、あと……俺の精液が付着していたから証拠隠滅のために燃やせって。ご主人様が」 「……ご主人様、」  鑓水は、抱きしめられたまま、振り向く。部屋の入口に、淺羽が微笑んで立っている。 「……おまえが、波折の「ご主人様」か」  この惨状をみて、顔色一つ変えない。波折をみて、全てをわかっているように、笑っている。彼が、「ご主人様」だ――鑓水がそう気付く。金の記章を付けた「あの人」も、淺羽、この男だ。 「おまえが、ずっと波折を支配していたのか、淺羽――」

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