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波折が騙している人間は、もう一人いる。こっちは、研究対象ではなく栗城を騙すための道具だ。栗城と同じように波折と援助交際のような仲を繕っている。
男の名前は、小木。40歳にして妻に逃げられ息子に見捨てられた、不幸な男。突如現れた天使のような波折にほいほいと騙されて、波折の虜になってしまった憐れな男だ。波折は小木の家に何度か転がり込んで、体を交えている。波折が身寄りがないのだと若干嘘でもないような嘘をつけば、一緒に住もうとまで言ってきた。
そして、波折に演じてもらうのは、オヤジ二人と中学生という最悪の修羅場。オヤジが二人とも波折に騙されているのだと知っている俺としてはもう、笑うしかない。
波折はこのために、栗城と小木の二人の家に何度か通っている。そして、栗城には魔術を少し教えていた。栗城に魔術を使わせるための口実は、実にくだらないもの。
「俺のこと離してくれないオヤジがいるから、助けてください。俺、ずっと栗城さんと一緒にいたい」
こんな胡散臭い言葉でも、波折がいうと凄まじい引力があるようだ。栗城はころりと堕ちて、魔女となってしまった。
波折が小木の家に、栗城を連れて行く。俺は波折と栗城の後ろをこっそりとついていって、二人の使う魔術が裁判官たちに察知されないように魔力を隠蔽してやる。小木と栗城が鉢合わせてからは、それはもう素晴らしいコメディだった。波折が「この人に苦しめられている」と小木を指させば、栗城は眼の色を変えて小木に向かって魔術を放つ。波折の栗城に与えた魔術の知識とくらべて彼の魔術をみてみれば、なるほど栗城は攻撃魔術に向いている人間らしいとわかった。栗城の放つ魔術は小木の肉体を粉砕して、部屋のなかは血の海へと変わる。
「波折……これで、俺とずっと一緒にいられるね」
いやいや恐ろしい。波折の誘惑は人の思考能力すらも破壊するようだ。栗城は、俺が彼の魔力を隠蔽してやっていることを、知らない。だから、魔術を使ってしまった自分は、裁判官にその魔力を感知されて捕まってしまう……と結論にたどり着くはずなのに、全くその様子はない。波折を自分だけのものにしたということで頭がいっぱいのようだ。
「――やあやあ、こんにちは、栗城さん」
「……えっ!?」
俺が姿を現してやれば、栗城は驚いたように俺をみていた。まあ、当然の反応だ。
「なかなかにいい結果がでたね。おかげでひとつデータが増えたよ。まだまだ実験を重ねていかないとなんだけどね」
「だ、誰だおまえ!」
「俺? 俺は淺羽。波折の、ご主人様」
さて、栗城をどうしよう。口封じの魔術を使って彼を解放するか、面倒だから殺すか。奴は社長だから、殺したら操作がキツく入るだろうか。仕方ないから、生かしてやろう。
「さて、これから貴方は俺達のことを誰かに口外しようものなら、死んでしまう……そんな魔法にかけられました」
「……は? な、なんだって?」
「少しでも俺や波折のことを誰かに言ったら、貴方の体が爆発するので……お気をつけて」
魔術で軽く拘束して、波折を連れていってやれば、栗城は半狂乱で波折の名を呼んだ。俺が煩いなあ、と溜息をついていれば、その横で頬に返り血をつけた波折が「ご主人様、早く家に帰ってえっちしましょう」と言っていた。
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