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「……あの魔女……なんで先輩の名前を、」 「……っ、JSの生徒会長だからじゃないか、」  あの魔女が何を考えているのかわからない。沙良や自分に危害をくわえられるわけにはいかない。そしてこれ以上の情報を沙良に知られるわけにはいかない。波折は必死に走って、魔女から逃げる。 「……」  道中に転がる死体。飛び散る血と肉片はあまりにもむごたらしい。しかし沙良は感覚が麻痺してしまったのかそれらを見ても体調を悪くすることはなかった。むしろすれ違う死体を度々凝視しては波折に引っ張られる、そういった風に変化していく。 「あいつらの目的は、なんなんですか」 「……さあ」 「こんなことして、あいつらは何が楽しいんです」  沙良の声色がこわばっていく。ハッとして波折が沙良の表情を伺えば、沙良の顔からは恐怖が消えて怒りの色が浮かんでいた。  まずい、と波折は思う。確実に魔女たちの行為に沙良の心は刺激されて、淺羽の思惑通りになってきている。このまま沙良の理性が飛んだりでもして魔術を使ってしまえば沙良の未来が奪われる。そうさせるわけにはいかない。何が何でも魔女を振り切らなくては―― 「あっ……!」  そのとき、波折の脚に鋭い痛みが走る。左足首に魔術を当てられたらしい。突然のことだったため波折は耐え切ることができずに、そのまま転んでしまう。 「波折先輩……!」  沙良が立ち止まり、振り返る。重症というほどでもないが、波折の足からは血がどくどくと出ていてなかなかに痛々しい。  沙良が倒れた波折を支えようとしゃがみ込むが、そうしている間にも魔女が追いついてきてしまった。仮面をかぶった魔女は表情こそはわからないが、笑っているということだけはわかる。笑い声がその仮面の下から、零れてきていた。 「いっ……!」  魔女が波折の傷ついた足を踏みつける。波折は思わず呻いて、沙良にしがみついた。波折の額からは汗がでてきていて、その表情も苦しそうだ。 「……」  波折を見下ろす沙良の顔つきが変わってゆく。静かな激情を湛えたような、そんな顔つきに。 「……魔女は、やっぱり、死ねよ。波折先輩のことまでこんな、」 「……っ、沙良……!」  沙良が魔術を使ってしまう。もしここで沙良が攻撃魔術でも使ったりすれば、退学だ。それはいけないと、波折は勢い良く沙良の手を掴んでそれを制止する。 「魔術は、使うな……! だめだ!」 「だって、こいつ!」  魔女がわざとらしく笑いながら波折の足を踏みつける力を強めていく。傷口から血が溢れ出てきて、この状況から逃げ出すことはおそらく無理だろう。「魔術を使うな」と言われても使わなければ波折は更に傷つくし、それに目の前に憎たらしい魔女がいるし。沙良がどうするべきかと葛藤していれば波折が叫ぶ。 「俺を置いて、逃げろ!」 「は……? 波折先輩を置いて逃げるわけないだろ!」 「いいから……! 俺は大丈夫……」 「いいわけあるか!」」  沙良が波折の手を振り払う。そして、魔女に向き直った。じっと魔女を見つめるその目つきを見て――波折は悟る。もうだめだ、言葉で沙良を止めることはできない、と。 「――沙良!」  そのとき魔女の仮面が突然煙をあげる。そして――魔女は叫び声をあげだした。 「あっ……熱ッ……な、……!」  魔女は慌てて仮面を外し、床に投げ出す。現れた顔を覆う皮膚が、僅か火傷を負っている。仮面の温度が急激にあがったらしい。沙良は何が起こったのかわからず呆然としていたが、そんな沙良の手を引いてまた波折が走りだす。いつの間にか波折は脚の怪我を治し立ち上がったようだ。 「……え、先輩、魔術使った……?」 「沙良が使おうとするからだろ、馬鹿!」 「えっ、」 「沙良は裁判官になりたいんだろ、ここで魔術使って退学になったらどうするんだよ!」 「ちょっ……」 ――波折が魔術を使った。  驚きのあまり、沙良の口からは言葉が出てこない。波折が使ったのは、おそらく補助の魔術と治癒魔術。攻撃魔術ではないから退学にはならないものの、まさかあの波折が魔術を使うだなんて思わなくてびっくりしてしまったのだ。 「せん、ぱい……あの魔術使うと、ペナルティが……」 「沙良が魔術使ったらどうせ何も考えないで攻撃魔術使って退学になるだろ、それよりマシ」 「でも……!」 「完璧でいなくてはいけない」といつも言っていた波折が、ペナルティを受けることに甘んじた――沙良が退学に追い込まれるのを、防ぐために。 「……すみません、先輩……」 「……別に沙良が謝ることじゃないから」  沙良は気を落としたように語尾をすぼめていく。あのとき、本当に自分は気がおかしくなりそうだった。あの魔女はたくさんの人を殺して、そして波折のことまでも傷つけて。波折が止めてくれなかったら、あのまま魔女をこの手で殺していた。裁判官になる道を、絶たれた。思い出して、沙良は自分の理性の弱さに悔しさを覚える。波折にまで迷惑をかけて、本当に自分は馬鹿だ、そう思った。

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