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 裏切ったのか。沙良はそういった表情をしている。 ――ちがう、裏切ったんじゃない、騙していたわけじゃない、違う、違うんだ、俺は本当に沙良のこと…… 「……魔女、……だよ。俺は、魔女。きっとこいつらよりもずっと非道な、魔女だ!」 ――先輩何言ってんの。その言葉がぽろりと沙良の唇から転がった。いつの間にか魔女たちは攻撃を止めて、二人を眺めている。急激にしんとした空間で、沙良の絶望の眼差しを受けて、波折はよろりと後ずさった。 「ずっと昔から……俺は魔女だよ……だから、言っただろ……俺のことを好きになるなって……」 「……先輩」  たん、と沙良が一歩踏み出した足音が響く。びく、と波折は震えて、沙良から目を逸らした。沙良はそんな波折の手を掴み、そしてすがりつくような声で問い詰める。 「……騙してました? 俺のこと……ずっと……」 「……ちがう……」 「俺が先輩のこと好きって言って、それで馬鹿だなって嘲笑っていたんですか……!」 「違う……!」 「どんな気持ちで俺と一緒にいたんですか! 俺は……俺は本気で波折先輩のことが好きだった……先輩は……先輩は俺のこと……」  ぽろりと沙良の瞳から涙が落ちる。沙良は波折を責めているのではない。本気で悲しんでいるのだ。今の状況では、沙良は波折が自分を騙したと捉えるしかできないだろう。実際に自分が魔女であると波折が黙っていたということも事実。弁解もできない、謝っても何も起こらない……追い詰められ、波折まで泣きだしてしまう。 「沙良……俺は……」 「先輩は……どのくらい人を殺めてきたんですか」 「……っ」 「JSの生徒会長と名乗る裏で、みんなのことを裏切って、どれだけの人を傷つけたんですか……!」  波折は、その場でがくんと崩れ落ちた。沙良が悲しんでいるのは、波折が魔女であることを黙っていたこと、そして魔女であるということそれ自体。好きな人が人を殺めていた、その事実を悲しんでいるのだ。  幼いころから魔女として生きてきた波折にとって、その沙良の哀しみは――波折の存在の否定だ。  これでいい。沙良にははっきりと魔女である自分を否定して欲しかったから、これでいい。なのに、いざその感情を向けられるとショックでたまらなかった。沙良に事実を黙っていたこと、彼が魔女を嫌いだと知りながらずっとそばにいたこと、全部悪いのは自分だとわかっていながらも沙良に糾弾されると辛くて仕方ない。泣いていいのは沙良だけ、自分は泣く資格なんてない。そうわかっているのにぼろぼろと涙は止まらない。 「――殺しちゃえばいいじゃないか、沙良くん」 「……え」  二人を囲っていた魔女の一人が、言う。 「わかるだろう、波折がそのまま成長したらどうなるかなんて。JSでトップをとれる魔術の才能の持ち主だ。きっと裁判官として名を馳せる裏で魔女を従えるとんでもない悪人になっているよ」 「で、でも」 「きっと今の君なら止められる。なぜかって? 波折に抵抗の意思が無いからだ! 今ここで君が波折を殺さないと、今後波折を殺せる者は現れない。波折が心を許した君にしか、できないんだよ」  波折がちらりと沙良を見上げる。涙に濡れたその瞳に、たしかに抵抗の意思は感じない。でも、ここで波折を殺すなんて。たしかにここで波折を殺さないと、これからさらに彼は悪を重ねるかもしれない。憎い魔女。目の前にいるのは、ずっとずっと恨んできた魔女だ。 ――でもどうする。ここで魔術をつかえばJSは退学になって裁判官にはなれない。一時の感情に身を任せて夢を断つのか。憎い魔女を消したいんじゃないのか。  でも…… 「――こんな状況になってもまだ迷うんだ? なかなかしぶといじゃないか」 「えっ……」  突然、朗々とした声が響きわたる。今までの魔女たちの仮面にくぐもった声とは違うクリアな声だ。ハッとして沙良が顔をあげれば……そこに、新たな登場人物。こんなところにいるわけのない、見知った顔が、二人。 「え……淺羽先生と、……鑓水先輩?」  にやにやと笑う淺羽と、面白くなさそうな顔をしている鑓水。こんな、周囲の人々を惨殺した魔女の輪に堂々と入ってくることに違和感を覚えたし、何よりその口ぶりはまるで…… 「……二人もまさか、魔女……」 「察しがいいね」  淺羽は飄々とした調子で沙良と波折のもとに近づいてくる。波折が目を見開いて、そして震えだし、ずるずると後ずさってゆく。 「波折」 「は、い……」 「きいたよ、全部。魔術使ったんだって?」 「……ッ」  その瞬間、波折はガバッと淺羽の前に出て、そして床に額をぶつける勢いで土下座をした。異常な光景に沙良が息を呑んでいると、波折が叫ぶ。 「申し訳ありませんご主人様……どうか……どうか許してください……」 ――ご主人様……!?  波折の言葉を聞いて沙良は驚きのあまり素っ頓狂な声をあげそうになった。動画にて波折を陵辱していたあの人物。それが、淺羽だとでもいうのか。沙良にとってはにわかに信じがたいことで、すぐに状況は飲み込めない。

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