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「――せんぱい……!」
波折に引きずられるように走りながら、沙良は叫ぶ。
「波折先輩! 俺、……ごめんなさい……さっき、波折先輩にひどいこと……」
「怒ってないよ。だってああ言われてあたりまえのことを俺はしたんだもん」
「……俺……先輩のこと、好きです……好きです、先輩!」
波折の足は早い。そして体力もあるのか息切れもほとんどしていない。沙良のほうが先に辛くなって、ぜーぜーと息をしながら途切れ途切れに言葉を紡ぐ。しばらく走って再び地上の広いところに出たところで、ようやく波折は立ち止まった。
「ありがと、沙良」
「……先輩。先輩は鑓水先輩が言っていたみたいに、本当に死にたいって思っているんですか。自分が魔女であることを、嫌だって思っているんですか……?」
「……うん。人を殺すことに慣れてしまってはいるからそれ自体を辛いとは思わない。でも、自分の行いが悪であることくらい、ちゃんとわかってる。こんな自分に反吐がでる。だから俺はこの世から消え去りたい。悪として、裁かれたいんだ」
「……裁かれたい」
死にたい、とは若干ニュアンスの違う言葉が波折の口からでてきた。これは……もしかしたらこれから自分の出すべき答えにつながるのか、と沙良は感じ取る。
「ただ死にたいなら自分で死ねばいい。ご主人様の見ていない所で、……きっと、本気で死にたいと願えば命令違反だとしても死ねると思う。でも自分で死ぬのって、逃げみたいなものでしょ。これだけの悪事をはたらきながら、俺は逃げたくない。魔女として……この世界で罰を受けて死にたいんだよ、俺は」
「……波折先輩。それは、もしかしてその願いを俺に託しているんですか」
波折は振り返る。微かに微笑んだその顔は、沙良の言葉を肯定していた。
「俺が、裁判官になって先輩のことを裁けって、そう言っていますか」
「うん。沙良にしか、できない」
「……」
「俺もきっと裁判官になるよ。自分のしてきたことを完璧に隠し通して。だから、絶対に他の裁判官に俺が魔女だなんてわからない。俺を魔女として裁くことはできない。もし、証拠が見つけられたとしても、俺を裁くには力が足りなすぎる。沙良は違う。俺が魔女であるという事実を知っている。俺が魔女だとはじめから知っているから、あとは俺を裁くために俺が魔女であると立証すればいい。それから、沙良ならどんな魔女だって裁けるくらいの力を持っている」
「……そりゃあ……だいぶ辛そうな道ですね」
沙良はふ、と笑った。
裁判官となった波折を魔女と立証していくのは、おそらく一人の戦いになるだろう。周囲の裁判官はきっと、JSの生徒みたいにまた波折に心酔するから。そのなかで一人、波折を裁くために動かなくてはいけない。
でも、それから逃げたいとは思わなかった。波折を救う方法が、それしかないからだ。
「でも、俺はやります。それが波折先輩を救うためなら」
「……ありがと」
ばたばたと足音が近づいてくる。淺羽たちが追いついてきたらしい。振り返れば数人の魔女と淺羽、そして鑓水がいた。
「沙良、だからここからは絶対に生きて出るんだ。俺から離れないで、死ぬ気で守るよ」
波折は凛とした声でそう言って、淺羽を見つめる。僅か脚が震え、拳に力がこもる。長年調教されてきた体は、そう簡単に「ご主人様」には逆らえない。波折は「守る」と言ったものの絶対的な自信があるわけではないようだ。
「……波折。波折、波折……俺から逃げるつもり?」
「……逃げるわけでは、ないです。ただ沙良を見逃して欲しい」
「無理にきまっているだろ! 波折、おまえはそいつのことになると俺の命令に背こうとする……! 生きて返せるか! 波折、おまえは俺だけのものだ!」
びくりと波折の体が震えた。いつもはみせない、激しい淺羽の独占欲。思わず気圧されて、波折は唇を噛む。
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