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「……」  波折は沙良の瞳に決意が宿ったことを確認して、あとは俺の問題だ、と使命感に囚われる。この作戦は波折が魔力隠蔽術をコピーできるかどうかにかかっている。鑓水もなかなかに無理難題を押し付けてきたものだ。使ったこともない、やり方も知らない魔術なんて普通の人はつかえない。でも波折ならできるだろうと鑓水は信じていた。JS創設以来の天才と呼ばれている波折なら、きっと、と。 「慧太、もう少し耐えて」 「ああ」  波折が集中する。  鑓水のバリアもそう長くはもたないだろう。鑓水は確かに優秀な防御魔術を使えるが、やはり実践の経験がない。慣れないことをすることに対する緊張が、鑓水の精神に負荷をかけてバリアの効果を本来のものよりも下げている。  しかし焦ってはいけない。淺羽の使っている隠蔽術を構成するものは何か、淺羽の持っていた文献のどれをたどればあの魔術にたどり着くのか、様々な知識を総動員させて波折は淺羽の術のコピーを目論む。不可能ではない。長い間一緒にいた相手の作り出した魔術だ、コピーすることは、できる。 「――沙良! 俺と一緒に前に出て!」 「……ッ、はい!」  まだ初めて使う魔術で、淺羽のように自由自在につかえない。魔術の対象になる沙良のそばにいないと上手く扱えそうになかった。鑓水が二人が自分のバリアの前に出て行くのを目を瞠って見つめている。このバリアの前に出れば、あとは沙良の使う魔術のみが身を守ることになる。失敗は負傷に繋がるが……二人を見つめる鑓水の心中は不思議と穏やかだった。 「神藤……! 俺がおまえの魔術の強化をする! 大丈夫、いける!」 「……ありがとうございます、先輩!」  二人がとうとうバリアの前に出た。その瞬間に鑓水は防御の魔術を解いて、沙良の補助の準備に入る。すぐに迫ってきた淺羽の魔術に沙良は一瞬気圧されそうになっていたが、すっと前を見据えて魔術を放つ。 「……なっ、」  鑓水が即座に補助に入れば、沙良の魔術は淺羽のものを視覚で確認できるほどに凌いでしまった。一気に淺羽の魔術を押していき、彼のもとへ迫ってゆく。  沙良のなかにあるのは、強い正義と憎悪の心。波折を救うため、魔女を討つため、そのために魔術を放つ今、彼の得意の魔術である攻撃魔術は強い威力をもっていた。 「沙良、ストップ!」  どんどん魔術が淺羽のもとへ迫っていって、あと少しで届いてしまう、そんなとき波折が慌てて沙良に制止をかけた。ハッとして沙良が魔術を止めれば、淺羽がガクリとその場に座り込む。もうすでに体力が限界に近かったようで、このまま沙良が魔術を使っていれば淺羽は魔術を使うことができなくなり、そのまま殺してしまうところだった。 「……ご主人様」  座り込んでぜーぜーと息をしている淺羽に、波折が駆け寄っていく。そんな波折を眺め、鑓水が沙良にぼそりと呟いた。 「殺さなくてよかったんだ? あのままやってれば淺羽死んだけど」 「……淺羽を討つのは俺が裁判官になってからにします。法の下に、波折先輩と一緒に裁きます」 「俺のことも?」 「……?」 「淺羽を生かすんだろ。波折はもう悪から引き返すことはできない。あのまま、あいつについていく。で、俺は波折があいつについていくなら俺もついていく。だから俺も同罪なんだよね。これからおまえの嫌悪する魔女になっていくよ」 「……鑓水先輩は、それでいいんですか。波折先輩みたいに、自分のやっていることに罪の意識は」 「悪いことをやるっていうのはわかるけど……波折みたいに苦悩はしないかな。俺、波折以外の人間どうでもいいし」 「……あんた頭おかしいんじゃないですか」 「知ってる」  くつくつと笑う鑓水を、沙良は見上げる。ここまでおかしくなれるのも、羨ましいと思わないわけではない。波折のためなら人を殺してもいいと思う、そんなゆがみを持っていれば、自分も波折と一緒にいられたのかな、と思うと。でも、自分の選ぶ道はそこじゃない。波折と一緒にいられなくなっても、波折の本当に望むことを叶えてあげたいし、正義を貫きたい。 「鑓水先輩のこともきっちり俺が裁きます」 「おう」  沙良の言葉に、鑓水が微笑む。何を思ってこの人は笑っているのだろう、そう考えた。波折のこと以外はどうでもいい、だからもしかしたら波折がいなくなったら生きることすらどうでもいいのかもしれない。鑓水の「波折のためなら人を殺すことも厭わない」という考えには同意できないが、そこまで波折を愛しているんだ、と同じく波折のことを愛している沙良は鑓水のことを憎みきれなかった。この人もいずれ敵になるのかと思うと、気が重い。 「あ……」  波折が、淺羽のもとへたどり着く。ぐったりとしている淺羽を見下ろす波折の背中は、どこか物悲しい。

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