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Ⅳ うさぎさんリンゴ(1)
……甘い匂いがする。
キュウゥ~
恥ずかしっ、お腹鳴っちゃったよ。
ん?
唇に触れた、冷たくて瑞々しい感触
取り敢えず、口開けてみよっと。
ガリっ
リンゴだ♪
リンゴ大好き♪
……って★
眠ったまんまでリンゴ食べられちゃうの、なんで?
「おはよう、春道さん」
飛び込んできたのは、穏やかな声と柔らかな笑顔★
「壬生様っ」
もしかして俺……
「疲れてたんですね」
「あわわわ~」
……お姫様抱っこで、そのまんま眠っちゃったんだ~★
「すみません!」
「寝顔、可愛かったですよ」
……赤面
「はい、あーん♪」
あーん♪
カリリっ
ワー、なんで学習能力ないんだぁ!
また、あーん♪で食べちゃったよ~。
「あのっ」
「ねぇ、春道さん。Ωは逆らえないんですよ。αの言う事には」
そうなの?
壬生様はαだ。
だから俺、壬生様にされるがまま、あーん♪しちゃってる?
「そういう事です」
心の声を読んだかのタイミングで、リンゴが目の前に現れて……あーん♪しちゃった。
よく見たら、赤い耳がピコンと立って、うさぎさんリンゴだよ♪
「リンゴ好きなんですか?」
「リンゴというより、うさぎが好きですね」
インコよりもうさぎ派です。……なんて冗談めいて、うさぎさんリンゴをケーキに飾りつけた。
……あ。
明日は壬生様の結婚式
ウェディングケーキを新郎新婦で手作りするっていうプランがあるから。
奥様が入院されている壬生様は、一人でケーキを作ってたんだ。
「俺も」
手伝わなくちゃ。
明日は最高の結婚式にするんだから!
でも……
なのに……
花と果物で彩られたウェディングケーキ
奥様と、来客の皆様の笑顔のために壬生様が手作りしてる。
明日は壬生様が世界で一番祝福される日
一生の記念日
だから俺ッ
いっぱい頑張らなくちゃいけない。
……なのにッ
脈がドクンドクン、心臓に突き刺さる
明日、壬生様は奥様と添い遂げる。
生涯を誓って幸せになるんだ。
壬生様の幸せを祝福するのが、俺の仕事……
壬生様が俺に優しくしてくれるのは、もう最後……
「春道さんには大変お世話になりました。お礼の気持ち受け取って頂けますか」
温かい手が、俺の両手を包んで。
そっと渡された水色のリボンの箱
スルリ……と、手から滑り落ちた。
せっかくの壬生様の気持ちに、失礼な事をしてしまった。
早く拾わないと。
それよりも謝るのが先だ。
声が出ない。
体が動かない。
「君は……」
目の前の黒い瞳が苦悶に満ちている。
壬生様の顔がにじんでいる。
指先が頬に触れた。
頬を伝った一筋の熱い雫を、指先に拭われた。
俺……泣いてしまった。
壬生様にこんな顔、させちゃいけないのにっ!
パシンッ
頬に触れた彼の手をはたき落として、部屋を飛び出す。
俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど。
逃げなくちゃ……
壬生様に、あんな顔させたくないから
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