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第2話
俺は朝から腹を立てていた。
乱暴にドア開け玄関の鍵を閉めると、自転車のカゴに鞄とブレザーの上着とネクタイを突っ込む。
(茅野 のヤロー、なんで今日は迎えに来ねえんだよ!)
おかげで高校入学1ヶ月もしないうちに遅刻寸前だ。
高校までは歩いて30分。自転車で15分、飛ばしてもっと早く着かなくては。
両親共とっくに仕事に行っている。
昔から俺を起こしに来るのは茅野の役目だった。
確かに昨日、少しは茅野をからかい過ぎたかもしれないが。
それでも、よほど大げんかでもしない限り、毎日一緒に学校に行っていた。
(あんくらいで機嫌、損ねやがって)
ちょっとスキンシップが行き過ぎただけじゃねえか。
こういう時に限って連続で赤信号に引っ掛かる。
イライラと信号待ちをしながら思うでもなく昨日の茅野の様子がよみがえる。
初めて見た茅野の表情。仕草や吐息。
小学生までは俺より背が高かったくせに今では177cmの俺より10cmも低くて、抱きしめて知った、やけに華奢な作りの身体。
心臓が一瞬ドクリと脈打った。
考えるつもりもない事にまで思い至りそうで信号が青になった瞬間、考えを吹き飛ばすようにペダルを踏み込む。
校門をくぐったちょうどその時、予鈴が鳴った。
これなら間に合う。
投げ捨てるように自転車を止め、昇降口から教室に猛ダッシュする。
開けっ放しの教室のドアに飛び込むと、先生はまだ来ていなかった。
肩で荒い息をつきながら廊下側の一番端、後ろから二番目の席を睨む。
出席番号順に並んだ茅野の席だ。俺たちはクラスも同じだった。
茅野の奴は一瞬目が合った後、あからさまにそれを逸らした。
一言文句を言ってやろうと近寄りかけた時、後ろから担任の大山先生の声がした。
「席着けー。なんだ佐倉 、はぁはぁ言って。今着いたのか?もう少し早く来いよ。あと、ちゃんとネクタイ結んどけ」
ポコンと出席簿で頭を叩かれる。
湧き上がる笑い声に憮然 として俺は席に着いた。
一列ずつ男女で交互の席順なので俺は三列目の前から三番目の席だ。
ちらりを茅野を見ると、まだ目を逸らしたままだった。
そのまま担任の日本史の授業が終わると、二限目は化学で移動教室だった。
茅野の方を振り向くと一人で教室を出て行くところが目に入った。
(意地でもシカトするつもりかよ)
俺は思わず頭に血が上り、後ろから茅野の腕を掴むとそのまま、ものも言わずに近くの階段下まで強引に引っ張っていった。行き止まりになっていて人気 が少ないからだ。
俺が足を止めると茅野が俺の腕を振り払う。
「なに無視してんだよ」
「……別に」
茅野はそっぽを向いて答えた。
「なんで今朝、来なかった?」
「……行けるわけないだろ!」
「は?」
「っていうか、なんでお前そんな普通なんだよ!」
「へ?」
声を荒げる茅野に戸惑い、俺は間抜けな声を出すだけだった。
「もういいよ。話し掛けんな」
茅野はそう言い捨てると走って行ってしまった。
残された俺は、ぽかんとそれを見送った。
(普通でなにが悪ぃんだよ?)
仲違 いしたつもりはない。
それどころか今までとは違った関係性に昇格したはずじゃなかったか。
あんなに怒る理由が分からない。
大体、昨日の時点ではそんなに怒ってなかっただろ。
(なんか別な理由で思い出し怒りでもしてんのか?)
特に思い当たる節もない。やっぱり原因は昨日のことなんだろう、と思う。
だが話し掛けるな、とまで言われて喋りに行けばまた怒り出すだろう。
どうせ学校でじっくり話す暇もない。
帰ってからでも聞いてみればいいかと、取り敢えず放っておくことにした。
昼休みになり、さてどうしようかと思う。
いつもなら茅野と弁当を食べる所だが、さっきの様子だとそういう訳にもいかないらしい。
俺は弁当を持ってふらりと教室を出た。入学から間もないので、校内のことを熟知している訳ではない。
散策がてらに、穴場でもないか探してみようと思った。
渡り廊下を通って中庭に出てみる。こちらは校庭とは逆側で人があまりいない。
ふと見ると植え込みに隠れて見えにくいが、ベンチがポツンと備え付けてあった。
(激レアスポットじゃん)
あまりにいい場所のため先客がいるかとも思ったが、近くまで行っても誰も居なかった。
(雰囲気良すぎて逆に人が寄り付かないか、意外と知ってるやつ少ないんだったりして)
ここまで来てもあるのは体育館と倉庫だけだ。その可能性はある。
取り敢えずの穴場ゲットに気を良くした俺はそこで弁当を広げる。
屋根があれば完璧だった。真夏の炎天下や雨の日には使えそうにない。
弁当を平らげてスマホを教室に置いてきたのに気がついた。
暇をつぶすアテがなくなり、そのままベンチに横になる。
腹も一杯で春の陽気が気持ちいい。眠くならない訳がない。
俺はなすがままにウトウトする。
ふわふわとした夢心地に気持ち良くなっていた俺の首筋へ、唐突にナイフのように冷たいものが押し当てられて思わず飛び起きた。
「うわっ!?」
「……こんなトコにいたのかよ。すっげぇ探したじゃん」
茅野だった。
少し息を切らせて、手にジュースのパックを持って立っている。押し付けたのはソレらしい。
「佐倉スマホは?」
「あ?教室」
「あ、そう」
「俺の居場所きくのに連絡でもしたのか?」
「そんなとこ」
茅野は不機嫌そうな顔で俺の横に座ってパックを投げてよこす。
俺の好きないちごミルクだった。
「やる」
「話もしたくねえんじゃなかった?」
無理矢理起こされて仏頂面を見せられている俺は少し意地悪に言ってやった。
速攻で飲んだが、ジュース1本で懐柔されてやりはしない。
「それ……謝りにきた。言い過ぎたから……ごめん」
ずいぶん殊勝だなと思った途端、
「でも、謝ってるの、話し掛けるなって言った部分だけだからな」
(その他の事は怒ってんだな、やっぱ)
「なあ。なに怒ってんの、お前」
「……分かんないなら、いいよ。もう」
呆れたような口ぶりだったが、口調が少し柔らかくなっていた。どうやら怒りは溶けたらしい。
「まだ休み時間ある?」
「え?あ、ああ。後15分くらい」
俺はもう一度横になる。
さっきと同じ体勢を取るとちょうど茅野に膝枕される格好になった。
「バカ!お、お前っ、何やってんだよ!」
「しょうがねえじゃん。お前よけたらベンチから腰、落ちんだから」
「じゃあ横になんなよ!」
「後から来たのお前だろ。嫌ならどっか別んとこ行けよ。つーかこれ気持ち良いから、やっぱそのまま居ろ」
「ホント馬鹿じゃねえの」
茅野は文句を言いながらも、動かずにじっとしている。
ただでさえ眠かったものを、さっきよりも寝心地が良くなったせいであっという間に睡魔に襲われる。
勝手に怒って俺のこと探したり謝ったり膝枕したり、俺のこと相当意識してるとしか思えねえな。
やっぱこいつって俺のこと好きなんだろ。
夢か現実か分からない所でぼんやりそう考えた。
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