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第3話
11月3日文化の日、今日は大学の文化祭が開催されている。サークルや部活に所属していない秋彦にとっては、ただの休日である。昨日は夜更けまで本を読んでいたので、ゆったりと昼頃に起き出し、朝食兼昼食を取った。人混みのなか、大学図書館まで行く気も起こらず、秋彦は部屋でのんびり本でも読んで過ごすことに決めた。さっそく、買いためていた本の一冊を手に取り、ベッドに横になる。その時、コンコンとドアの叩かれる音がした。
「はい」
「秋彦、今日空いてるか?」
現れたのは、ライダースジャケットに黒のジーンズ姿の隆文だった。本当に何を着ても様になる男だ。
「ああ」
「よかったら、一緒にツーリングに行かないか?」
「ツーリング?」
「自分のバイク、手に入れたんだ」
隆文は手に持った鍵をくるりと回して見せた。
「買ったのか」
「ああ、中古だけど。バイトで貯めた金でな」
夏休み、ぎっしりバイトを入れていたのは、そのためだったのかと得心がいった。
「どうする?」
「……行く」
俺と行って隆文は楽しいのだろうか、と一瞬考えたが、今日みたいに他の学生が文化祭に駆り出されている時くらいしか、自分に誘いはかからないだろう、と思い直した。
「そういえば、隆文はいいのか?文化祭」
「ああ、弓道部は一年が主体でやることになってるからな。午前中は一応、手伝って来たし」
そう言って、小銃を射つような仕草をする。弓道部らしく、射撃の屋台を出しているらしい。
「……なあ、ツーリングって何着ていけばいいんだ?」
「ラフな格好なら何でも」
隆文は笑って、そう答えた。
秋彦は部屋着から紺のタートルネックとベージュのチノパンに着替え、上着を羽織る。
「おまたせ」
「じゃ、行くか」
寮の外へ出ると、遠くから屋台の呼び込みの声が聞こえる。隆文についていくと、駐輪場にグレーのカバーのかかった大きな塊が目に入った。隆文は慣れた手つきでカバーを外す。
「すごい……格好いいな」
「だろ?」
丹念に磨きあげられ、黒く艶めく大きな車体が、日の光を反射させる。
「乗ったことは?」
首を横に振ると、ニーグリップやカーブ時の体勢など基本的な乗り方をレクチャーされ、グローブとヘルメットを渡される。
「なるべくゆっくり走るけど、しっかり掴まっとけよ」
「どこに行くんだ?」
「そうだな……紅葉でも見に行くか」
ブルンッと大きな音を立てて、バイクが走り出した。
最初のうちは恐くて、ぎゅうぎゅうと必死に隆文にしがみついていたが、慣れてくると景色を楽しむ余裕も出てきた。1時間弱も走ると、建物ばかり流れていく景色に、自然が増えてくる。もう少しすると、完全に山道に入り、カーブが多くなってきた。初めに教えられたように、曲がる方向へと身体を傾ける。そうやって、山道を登っていくと、木々に囲まれた視界がパッと開けた。
「わ……」
赤や黄に色づいた木々が、遥か下を流れる渓流を包んでいる。もう少し走ると小さな駐車スペースがあり、バイクはスピードを落としながらその中へ入っていった。
「秋彦、疲れてないか?」
「ああ、大丈夫」
「ここで少し休憩するか」
バイクが停車し、隆文が声をかける。ヘルメットを脱ぎバイクを降りると、冷たい北風が身体を震わせた。バイクに乗っていたときの方が風を強く受けていたが、あまり寒さは感じなかったのに。秋彦はグローブを取り、凍える指に息を吹きかけた。
「冷えたか?」
「あ……」
ふと、冷えきった手が、隆文の手に包まれる。そこからじんっと、熱が手のひらに広がる。
「手冷たいな」
「……なんで隆文は温かいんだよ」
「さあ。ちゃんと鍛えてるからじゃないか。代謝がいいんだ。……ちょっと、待ってろ」
そう言うとすぐ熱が離れ、隆文が自販機の方へ駆けていった。
「ほら」
「……ありがとう」
渡された缶コーヒーはすぐに手のひらを温めていったが、冷えた手には熱すぎるように感じた。
「少し周りを散策してみるか。近くに有名なつり橋があるんだ」
「ああ」
駐車場のすぐ脇にあるハイキングコースへ入り、赤や黄に染まった絨毯の上を進む。
「隆文はよくバイク乗るのか?」
「ああ、前はわりと乗ってた。親父のバイク借りられたからな。……後ろに人乗っけたのは始めてだ。免許取って一年しないと乗せられないから」
「そうなのか」
色づいた木々の下を歩いていくと、水の音が聞こえ始めた。程なくして、先に隆文が言っていたつり橋にたどり着く。
「……綺麗だな」
バイクの上からでは一瞬で通り過ぎてしまった、美しい渓流が眼前に広がる。さらさらと流れる水の音、時々響く鳥の声。紅葉した木々が背景の空の青に映え、まるで一枚の絵画のようである。
「来てよかった」
「喜んでくれて何よりだ」
ハイキングコースを辿って駐車場に戻ってくると、日が傾きはじめてきていた。
「寒くなる前に帰るか。乗ってると結構風が当たるだろう。大丈夫か?」
「ああ、そんなに寒くなかったよ。後ろに隠れてたし、隆文にひっついてると温かいから」
「……そうか。じゃあ、帰りもちゃんとくっついてろよ」
背中に夕日を浴びながら、帰り道をぐんぐん進む。これで隆文の友達に少し追いつけただろうかと、秋彦はふと思った。
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