4 / 6

第4話

 過酷なテスト週間を乗り越え、大学は冬休みに入った。年の瀬も迫ってきたある日、リビングで二人、陳腐なSF映画を流し観ていると、隆文がふと秋彦に問いかけてきた。 「お前、今度の金曜、二十歳の誕生日だろ。何か予定はあるか?」 そういえば同室になって間もない頃、そういう話もしたかもしれない。 「いや、ないけど……」 「じゃあ、部屋で誕生日祝いしないか?酒も用意して」 「でも……」 その日は秋彦ともう一人、キリストの誕生日でもある。 「クリスマスだぞ?隆文、彼女とか――」 「いないよ、彼女は。だから気にしなくていい。誕生日祝い、決まりでいいか?」 「あ、ああ!」  誕生日は家族と一緒に過ごすばかりで、友達に祝ってもらう機会もなかった秋彦にとって、その申し出は心踊るものだった。秋彦は、なんとなくそわそわと落ち着かない気持ちで、その週を過ごした。  待ちに待った金曜の夜。テーブルにはスーパーで適当に買った酒とつまみ。それと小さめの丸いバースデーケーキが並んだ。 「誕生日おめでとう、秋彦」 「ありがとう」  秋彦より早く二十歳を迎えた隆文に、飲みやすい酒を選んでもらい、秋彦はグレープフルーツサワーを開けた。 「これ、美味しい。ジュースみたいだ」 「あんまり飲み過ぎるなよ」 「うん」  隆文はビールを飲んでいた。小さい頃、父親が飲んでいたビールを舐めたことがあるが、苦くて顔をしかめた記憶がある。今なら飲めるだろうかと、そんなことを考えながらビールを飲む隆文を眺めていたら、 「一口飲んでみるか?」 と缶を差し出された。 「苦っ!」 やっぱりなにが美味しいのかわからない。まだ秋彦には早かったか、と笑ってビールをあおる隆文が、自分よりはるかに大人びて見えて、秋彦も負けじと甘いサワーを流し込んだ。  隆文が選んだつまみはどれも美味しくて、酒も進んだ。サワーだけじゃなく、サングリアなんて洒落た名前の酒も飲んだ。それも甘かったけど。  ジュースみたいだなんて言ったけど、やっぱりお酒なんだなと、ふわふわとした頭で考える。週末で疲れも溜まっていたのか、秋彦に眠気が襲う。そのまま眠気に抗いきれず、こてんと頭を倒すと、隆文の肩が受け止めてくれ、隣にいる彼の体温の心地よさに、秋彦は身を委ね目を閉じた。  どれくらい眠っていたのだろうか。ふわりと体が浮く感覚に目を覚ますと、自分を見下ろす隆文と目があった。 「お前、軽すぎるぞ。もう少し筋肉つけた方がいいんじゃないか?」 「……うるさい」  男にお姫様抱っこされるなんて屈辱極まりないが、反抗する気力もなく、大人しく運ばれてやる。隆文の歩みに合わせてゆらゆらと揺られるのがのが心地よかった。  ベッドに優しく下ろされる。離れる体温が恋しくて、無意識に隆文の袖を掴んだ。 「行かないで」  なんて子どもっぽいことを言っているんだと思いつつ、少し驚いた様子の隆文をぼんやり眺めていると、その端正な顔が近づいてきて、ビールの苦い味が広がった。 「んっ……」 苦いけど、温かくて気持ちいい。何をされたのか頭が追いつかないうちに、その熱は離れていった。 「苦い……」 「お前は甘いな」 隆文は少し苦しげな顔で言う。 「……悪い、嫌だったら逃げてくれ」  何から逃げるのか、そう尋ねようとした唇は隆文によって塞がれた。ああ、キスされてるのかと秋彦は回らない頭でやっと理解した。 「逃げないのか?」 「?……どうして?」 「……嫌じゃないのか?」 「ん……気持ちいいから、もっと」  隆文は一瞬息を詰め、また秋彦にかぶりついた。今度はただ唇が重なるだけでは終わらず、隆文の熱い舌が中に入り込んでくる。 「ふっ……ぁ……ん」  なされるがまま息もつけずに、口内を余すことなく蹂躙される。さすがに苦しくなって隆文の肩を押すと、やっと唇が離された。 「ぷはっ、はぁ……」 「もう、勃ってる」 隆文は形を変え始めた秋彦の中心を手のひらでなぞった。 「んっ……だって、キス、初めてで……」 どーせ童貞だし、と秋彦は拗ねたように顔を背ける。 「じゃあ、こうやって人に触られるのも初めてか?」 「え?」  カチャカチャとベルトを外す音がしたかと思うと、下半身に鋭い快感が走った。 「んっ……や……」  くつろげたスラックスの間から緩く勃ち上がった性器を取り出し、隆文は手を這わせた。大きな手でゆっくり扱き上げられると、先端から蜜が溢れ出す。は、は、と息を上げ、秋彦は快感から逃れるように身をよじった。 「たか、ふみ、だめ……イっちゃ……」 「我慢しなくていい……イけ」  射精を促すように先端に爪を立てられる。敏感なところを刺激され、秋彦は喉を反らせて呆気なく隆文の手の中に吐き出した。  溜まった熱を放って少し酔いが冷め、自分が仕出かしてしまったことを実感するにつれ、さらに頭が冴えていく。 「隆文、ごめっ……」  友人の手を汚してしまったことを謝るため秋彦は身を起こそうとしたが、なぜか肩を押されベッドに押さえつけられた。 「な、に……?いっ!?」  ピリッとした痛みが走り、尻に強烈な違和感を覚える。恐る恐るそちらに目を向けると、あろうことか隆文の指が先ほど出した精液の滑りを借りて、つぷつぷと中に入っていくところだった。 「ちょっ、隆文!」 「なんだ?」 「やめ……そんなとこ、汚な……っ!」 「別に俺は構わない」 そういうことじゃないと喚く余裕もなく、あまりの羞恥に秋彦は顔を腕で覆う。しかし、それさえも隆文にすぐ取り払われてしまう。 「う、や……あっ……!」  アルコールのおかげか痛みはさほどないが、なぜこんなことするのか、これから何をされるのかという恐怖にかられ、蛇に睨まれた蛙のように抵抗すらできない。それをいいことに隆文はさらに指を増やしていく。さらなる圧迫感に身を固くしていると、隆文の指がある一点を掠めたとき、身体中に電流が走り抜けた。 「え……?」 「ここか」 隆文の指がもう一度そこを押したとき、それが強烈な快感であると秋彦は気づいた。 「ひっ……あっ、やぁっ……」  強すぎる刺激にやめてと伝えたいのに、その言葉は意味を為さない嬌声に変わる。隆文は秋彦の反応を楽しむかのようにそこを弄びながら、後ろを解していく。指が抜かれる頃には、秋彦の体はぐったりとシーツに沈んでいた。 「ふっ、あ……」 「……秋彦」  久しぶりに名前を呼ばれた気がして、すがるように隆文の方に目を向けると、はち切れんばかりに膨らんだ怒張が目に入る。秋彦を見つめる隆文の目は、いつもの穏やかで慈愛に満ちたものではなく、獣が獲物を狙うそれだった。 「たか、ふみ……」  逃げるように少し引かれた腰を容赦なく掴まれ、熱いものがあてがわれる。そこにキスのときに感じた優しい温かさはなかった。 「う、ぁっ……!」 指とは比べものにならない圧迫感に息が詰まる。 「いっ……んぁっ!」 「っ……秋彦、力抜け」  隆文は後ろを締め付ける秋彦を咎めるように、挿入に萎えかかっていた前に手を伸ばす。放置されていたそこに訪れる快感に、力が抜ける。その瞬間を見計らって、隆文はずんっと、一気に腰を進めた。同時に先ほど暴かれた弱い所を刺激され、秋彦はあられもない声を上げる。 「あ、んっ……あぁ!」 「……寮だから少し声抑えろ」 「はぁっ……ん、ふっ……」  どうしようもなく上がってしまう声を塞ぐように、唇が重ねられる。秋彦はそこに隆文の優しさを求めて、必死に舌を絡ませた。 「んっ、は、ぁ……」 「秋彦……」 切羽詰まった声で名を呼ばれる。中の隆文がもう一回り大きくなった気がした。 「なっ……んっ!」 挿入が一際激しくなり、さらに前も同時に攻め立てられ、秋彦はろくに抵抗する間も無く絶頂に追い込まれた。 「はぁっ、は、あ……」 余韻に浸っていると、耳元に隆文の唇が寄せられる。 「秋彦、ごめん……」 掠れた声でそう呟くと、隆文はとどめとばかりに腰を大きく打ち付ける。 「秋彦っ……」 「んっ……たか、ふみ……っ」 「……っ!」 「あ、つ……」 腹の中を満たした熱さに、隆文が達したことを秋彦は悟った。  目を覚ますと、部屋の中はすでにカーテンの隙間から漏れる光で白んでいた。時計の針は七時半を指している。どうやらあの後、力尽きて眠ってしまったらしい。秋彦の体はすでに清められ、シーツも服も替えられていた。ベッドから降りようと身を起こすが、腰に鈍い痛みが走り、思い通り身体を動かせない。そうやってベッドの上で身もだえていると、寝室の扉が開いた。 「隆文……」 「……今日一日寝てろ」 隆文はそれだけ告げると、秋彦と目も合わさず部屋を出ていってしまった。  その後、飲み物を持ってきたりお粥を食べさせてくれたり、隆文はまともに動けない秋彦を甲斐甲斐しく世話した。しかし、その間も隆文から昨夜のことに触れられることなく、秋彦も自分から尋ねる勇気が出ないまま、二人の間には重い沈黙が流れた。

ともだちにシェアしよう!