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第85話
「ん…………ふぁあ…………」
「朱雨くん……起きた?…………あのね……っ……」
朝、騒がしい音で目が覚めた
鬱陶しい音に薄く目を開けると、おどおどした様子の冬馬さんがこちらを見つめてなにか言いたそうにしている
すると、下の方から、ガシャン!と何かを壁に叩きつけた音が聞こえ、怒鳴り声が聞こえてくる
『……っ…………が!』
『………………す、…………で…………』
恩人の声とあの人の声がした
凛とした低い声が廊下に響き、その声に胸がときめくと同時にため息がこぼれる
「………………なに?また来てるの?」
「…………うん、そうみたい」
「はぁ…………勘弁してよ…………」
ここ数日、毎日のようにここを訪れる玲
俺が何度暴言を吐こうが、何度殴ろうが諦めずに毎日来ている
最初は俺が対応していたのだが、途中からしつこすぎて奏多さんが対応するようになった
「ここには来るな」
「朱雨は俺と新しい生活を始めている」
「朱雨は俺のものだ」
と何度も何度も玲に言っているのだが、信じてもらえたことは1度もないらしい
(どうして……ここまでしつこいんだろう……)
今までセフレは何十人といた俺…………
その中でも俺と2回目のエッチを望む男なんて今までいくらでもいた…………
中にはしつこい輩もいたが…………玲のしつこさは比にならない
何回も断ったし、何回も奏多さんに殴られているはずなのに………………それでも諦めずに俺を求める
(……………………婚約者がいるくせに…………)
そう思った途端、胸が張り裂けそうなほど痛む
そう、彼は俺を求めていい人物じゃない
俺と違って………………
彼の帰りを待つ、家族ができるんだから………………
彼の人生の汚点になっちゃいけない………………
汚い俺と付き合うことで、彼を汚してはいけない………………
将来の…………彼の為にも………………
「あ…………帰ったみたいだね………………」
遠くでポツリと呟かれた冬馬さんの声に導かれるように窓の外を見る
…………いつになく寂しそうなその肩…………やつれた顔……………………
心の中でその後ろ姿に謝りながら、彼の姿を見つめていると……………………彼の足に何か違和感を感じた
じっと彼の足を見つめその違和感に気がついた時、俺は怒りに身を震わせながら奏多さんのもとへ飛んでいった
彼は…………ふくらはぎから血を流し、足を引きずっていた………………………………
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