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三匹のオオカミ 3
放課後。
今週は残り全て部活を休むということを、流石に伝言で済ますわけにもいかないだろう、と思った俺は直接先輩に伝えに行くことにした。
桧山にそう告げて教室で少し待っていてもらい、茅野と共に部室に向かう。
「そうだ茅野。たぶん今日は昨日より帰り遅くなると思う。特に待ってなくていいからな」
「ふうん、分かった」
ほんの僅かな変化だったが、茅野の空気が不満をはらんだ。
「俺と居られなくて淋しい?」
「んなわけねえだろ」
脊髄反射と思われる返事をして、茅野がしまったという表情になる。
俺はつい頬が緩むのを止められない。
「たった三日だろ。そんなに淋しいんだ」
「いま言ったこと聞いてなかったのかよ!」
後に引けない茅野はどんどん自爆していく。
──ああ、ダメだ。
こんな茅野を前にして手をこまねいていられるはずがない。
俺は手近な空き教室に茅野を引きずり込んだ。
すぐに壁に両手を着いて茅野の逃げ場を塞いでから、キスを仕掛ける。
「んくぅ……っ、ん、は」
茅野が息を詰め、一瞬だけ俺の胸を押し返そうとして思い直したらしく、むしろ引き寄せるように制服を掴んでくる。
瞬時にまるで互いを喰い合うような激しい口づけに発展した。
「あ、……ふぅ……はぁっ」
「くぅ……ん……は、あ……っ」
どちらがどちらか境目が分からなくなって融け合うような感覚で絡み合った。
ただキスをしてるだけとは思えないくらいの、激しい悪寒にも似た刺激が背筋を駆け抜けていく。
(な……んだ、これ)
なにかがいつもと違うようだった。
キスだけ、それもこんな一瞬で、ここまで身体の芯から熱くなるなんてことは無かったように思う。
(これ以上したら、マジでヤバイ)
なけなしの理性が俺を押し留め、唇を引き剥がすように離す。
壁にもたれた茅野が肩で息を吐きながら、やけに挑発的な眼で俺を見ながら口を拭う。
(茅野が積極的だったから、か?)
「あんま……煽んなよ」
そう言って俺は壁に手を着いたまま茅野の肩に額を預け、深呼吸をする。
「お互い様だろ」
茅野は俺の頭に手をやって髪を梳くように撫でた。
「──茅野?」
「なに」
「………いや、なんでもない」
今のは、なんとなく俺がいつもやってる事で、それを茅野も同じようにしたんだろうが。
なんだ、なんか説明のつかない不思議な気分だ。
だが、そんなわけのわからない気持ちの事を考えていても仕方なかった。
とりあえず気を鎮めて部室に行くのが先決だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
少し遅めに部室に着いたが、居たのは糸目 先輩と京屋 先輩だけだった。
副部長の糸目先輩に伝えておけば充分だろう。
「今日は部長たちも休むって聞いてるし、気にしないでいいよ。明日にでも伝えておくよ」
俺が事情を説明すると、そう言って糸目先輩は快 く諒承してくれた。
「じゃあ茅野は俺たちと、佐倉に内緒でイイコトしような」
京屋先輩がニヤニヤ笑ってエロ親父のようなことを言う。
「内緒ですんなら俺の前で宣言しないで下さいよ」
「何するかは教えてやんないもーん。なあナニしよっか茅野?」
ゲヒゲヒという笑い声が聞こえそうな手つきで京屋先輩が茅野に向かう。
「やだぁ。なんか京屋先輩ゲスいー」
茅野が笑いながら糸目先輩の方に逃げていった。
いけない。一緒に居ると時間を忘れてつい遊んでしまいそうだ。
(茅野も楽しそうだし良いか)
俺はお先にと言って部室を出た。
「いってらっしゃーい」
背後で茅野の声が聞こえた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
桧山を思ったより待たせてしまったかもしれない。
教室に戻って俺は桧山に一言謝った。
「桧山、悪りい。遅くなって」
「えー?そんなことないよ」
「なら良いけど。じゃあ、帰るか」
俺はまた自転車を引いて桧山の家へ向かう。
「なあ佐倉ぁ」
桧山は相変わらず間延びした話し方で口を開いた。
「ん?」
「お前、なんかエロい事してきたー?」
「え、な?…………はぁ!?」
質問の内容はすぐに理解した。心当たりが大有りだからだ。
問題は『何故そんな質問をされるか』だった。
「んなワケねえだろ。なに言ってんだお前」
大嘘だ。けど、なんで分かったかなんて尋けるわけない。
「でもさぁ、なんか昨日よりフェロモン出てるよ。佐倉から」
「マジで!?そんなん分かんの?お前!?」
桧山は一瞬、俺を見つめたかと思うと、長い体を二つに折ってバカウケしている。
……嵌 められた。
俺の反応は、してきたのを認めたようなもんだ。
「分かるわけねえじゃーん、虫じゃないんだからさ。佐倉って……あはははっ。ねえ、やっぱ相手って茅野?」
「うるせえ。鎌かけてんじゃねえよ」
「ごめんー。ただ佐倉が戻ってくるのに時間かかった理由、考えてただけなんだよ。あと……なんか色気がにじみ出てたのはホント」
そんなもの出るわけがない。どうせこれも軽口だろう。
(こいつ、やっぱり待たされたこと根に持ってんじゃねえか。しかもさらっと茅野の名前出しやがって)
どこまで分かってるのか知らないが、見かけほどボケた奴でない事はよく分かった。
油断ならない、肝に銘じておこう。
その後、俺が怒って無視していると、ごめんを百遍くらい連発されたので鬱陶しくなり折れてやった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「夕食はどうする?」
コンビニの前まで来て俺は尋いた。
「佐倉も食べるならソースだけレトルトの買って、パスタ茹でた方が安いし、たくさん食えるよ」
「それで良いけど……パスタ前提なのかよ」
「パスタ嫌い?」
「お前、昨日もパスタだったじゃん」
「俺ね、一週間パスタで平気な人」
「あ、そう」
桧山がいいと言うならそれで文句はない。
昨日と同じコンビニで買い物を済ます。
そして桧山の家に帰ってくる。
病院がない分、昨日よりは早く着いた。
桧山が荷物を置くなり口を開く。
「昨日風呂入る時、脱いでからラップ巻くって言ってたじゃん?着替える前に、もう風呂入っちゃった方が良くない」
桧山の言うことは尤 もだった。
早速ラップとビニール袋を持って風呂場に行く。
「これまだ結構、痛てえ?」
俺は桧山のワイシャツを、右手に気を付けながら脱がせて尋いた。
「うーん。痛み止め切れたのがすぐ分かるくらいには痛い」
「そっか」
さすがに右腕をかばっているが、桧山は少なくとも表面上、痛そうな素振りを見せない。
もしかしたら痛みだけでも引いたのかと思ったが、そんな簡単なもんではないらしい。
「そういえばノートも取れねえよな。俺ので良かったら全部コピーして渡すよ」
「サンキュ。そうして貰う」
桧山はそう言うと、急に俺の頭をくしゃくしゃにかき混ぜるように乱した。
「なにすんだよ」
「だって佐倉、罪悪感持ってない?そんなのいらないからさ」
と桧山は正体不明の笑顔で笑う。
とにかく桧山はよく笑う。
その顔を見ているだけで大概 の奴は毒気が抜かれるだろう。
俺も、もれなくその一人のようだ。
「さ、チャチャっと入っちゃおうよ。俺、今日もう腹減ってんだよー」
そんな軽口もおそらく空気を変える為に言ってるんだろう。
俺としてもそれ以上、気を遣わせたくなかった。
まんまと桧山に見抜かれた通り、確かに湧いた罪悪感は綺麗さっぱり無かったことにする。
桧山の右手に防水を施して、昨日と同じようにシャワーを浴びる。
それでも昨日よりは手際良く事をなし、難なく終えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「佐倉さぁ、料理出来ないって言ってたけど、パスタ茹でるのは料理?」
シャワーの後、桧山がキッチンからパスタの袋を振って見せながら声を掛けてきた。
「やった事ないけど、茹でるだけ?なら出来るんじゃね」
「ないんだ。中学ん時の調理実習でやんなかったぁ?」
そういえばあったかもしれない。
「多分、見てただけ」
「うわー、非協力的。同じ班になりたくないタイプ」
「うるせえ。どうせ袋見れば茹で方、書いてあんだろ」
「じゃあ、俺が後ろで見ててあげるよー。鍋それね」
桧山が棚の鍋を指差す。
「八分目位まで水入れて沸かして」
言われた通りに水を入れ鍋を火にかける。
俺の料理が出来ないというのは伊達ではない。言われなければ水の分量も分からないところだった。
もっと少なくて良いものと思ってた。桧山の指示は的確だ。
湯が沸騰すると桧山は小皿に盛った塩を渡してきた。
「じゃあこれ入れてからパスタ茹でて。パスタはパラパラってなるように入れるんだよー」
「パラパラってどんなだよ」
桧山は俺の疑問が分かっていたかのように喉の奥で笑った。
「いい、分かんなかったらテキトーで。後はくっつかないように混ぜながら茹でればいいよ」
「ほっときゃいいんじゃねえのか」
「ダメだよー、かき混ぜないと」
俺が菜箸でパスタを突ついていると、背後から肩越しに桧山の腕が回ってきた。
俺の胸の前でゆるりとその手が組まれる。
「──ッにやってんだよ!危ねえだろ」
「ただ見てんの、つまんないからさー」
「だからなんだよ。離せ!」
だが右手と火が目前にある以上、力ずくで剥がすわけにもいかない。
絶対それを分かってじゃれついてるに決まっている。
実際、口で抗議する以外、俺は大人しく為 すが侭 になるしかない。
結局いつの間にセットしたのか、キッチンタイマーが茹で終わりを告げるまで、桧山にのしかかられたまま俺は耐えることを強いられた。
今日はたらこだが、パスタでの餌付けも二回目だ。
自分の分を食べながら桧山にも食べさせて問題なく食事も終了する。
さっきの意趣返 しも含めて少しは乱暴に口に放り込んでやったが桧山のことだ、気にも留めていないんだろう。
使った食器も片付けて、桧山の部屋に引き上げたところで19時少し前。
やっぱり昨日より随分早い。
桧山がベッドに上がって向かいにあるテレビをつける。
俺はその下でベッドの縁 に寄りかかるように座った。
「なにする……って言っても手が使えないんだから、テレビ観るとかしかないけど」
「別にそれでいいよ。しばらくは居てやるから、手が必要なら言えよ」
しばらく二人して無言でテレビを観るともなしに観ていたが桧山がポツンと言った。
「なんか不思議なんだよね」
「なにが」
「佐倉と話したの昨日が初めてじゃん。なのになんか……一緒にいるのが、楽?っていうのかなぁ。上手く言えないけど」
なんとなく言わんとすることは分かった。
それに身に覚えも無いこともない。自分からあまり認めたくない事だが。
「多分、だけど。俺ってかなり鈍感な人間らしいからさ、あんまり気を回さなくて済むんじゃね?他の奴より」
「へえ……なあ、それ言ったの茅野?」
「なんですぐ茅野が出てくるんだよ。まあ、鈍いっつったのは確かに茅野だよ」
何故か桧山はそこで爆笑した。
それが何故か分からないところが鈍感なのか?
茅野だったら、なんで笑ってるのか分かるのか?
「……少しだけ茅野に同情するわー」
笑い過ぎて目尻に溜まった涙を拭きながら桧山が呟いた。
「あ、そうだ。ねえ」
桧山は急に話題を変えるように左腕を俺の肩に回し、前のめりに倒れこんできた。
「お、重っ。今度は、なんだよ」
「あれ取って。佐倉の足の方にあるマンガ雑誌」
それを右手で指差す。
「これ?」
「そう。すごい面白いマンガあったからさぁ、それ見せたくて」
左腕はそのままに俺の背中に覆いかぶさったまま不自由な右手でページをめくる。
「どれだよ、自分で探すよ」
「タイトル覚えてない。それよりページ、戻んないように押さえてて」
桧山は顎を俺の肩に乗せるようにして雑誌を見ている。
だがさすがに近い。近すぎじゃねえかこれは。
少し離れさせようとした時に桧山が、あったーと声を上げる。
「これ、読んでみてよ」
「いいけどさ、近すぎじゃね。読み辛 えし。てか、なんでお前そんなにスキンシップ多いの?」
「ううーん……人恋しいから?ここんとこ彼女いないしぃー」
俺が桧山を離そうとして言った言葉はなんの意味もなさず、むしろ今度こそがっくりした仕草で本格的に肩にもたれてきた。
「じゃあさっさと彼女作れよ、俺なんかにひっついてねえで。桧山なら簡単だろ、そんなけ顔も良くて人懐っこけりゃ」
「えー関係なくない?それに俺の気になってる子は、俺の好意なんて、なーんも気付いてないんだよねー」
「なんだ、好きなやつは居んだ?好意に気付かないって、お前そいつの前でどんな態度取ってんの?」
「俺はいつでもこうだよー?」
それは伝わらなくて当たり前だ。
それくらいは、いくら鈍いと言われる俺でも分かる。
「それじゃ相手が気付くわけねえだろ。全然真剣さが足りねえんだよ」
「真剣になれば好きになってくれんの?」
「それは分かんねえよ。今は好きって気持ちが相手に伝わってねえから、関心持たれないんだろって話だよ」
「へーえ。そっかぁ」
「つうか、そんなの俺よりお前の方が経験豊富だろ。なんで分かんねえんだよ」
「俺、自分から好きになったの初めてだもん」
「ああ、そう」
つまり、いつも好かれる側だってことか。
ただのリア充自慢か。そうか。
「あ、なんか分かった。佐倉と居ると居心地が良いんだ。……でもなんでかな」
「さあな」
だから俺が鈍いからじゃないのか。だが二回も言ってやるか。
それに……俺はどっちかというと居心地が悪い……とは言えなかった。
嫌な奴じゃないし、どちらかといえば好ましい性格なのに正体が掴めないところとか、距離感がなさ過ぎるとか、不安定で落ち着かない感じがする。
単に俺が桧山ほどは慣れ切っていないだけかもしれないが、まず一緒にいてラク、とは程遠い。
「わー。びっくりするほど素っ気ねえ」
「悪かったな」
「……ま、そいういうとこも含めて良いんだけどねー」
「あのなぁ、そういうのはその好きだって奴に言ってやれって」
顔を動かせば触れる距離にいる桧山に横目で言ってやる。
桧山も目線だけを俺によこす。
桧山が何も言わなくなってしまった。
──何を見つめ合っているのか分からない。
(考え事するなら、人の肩から退いてからにしろってんだよ)
背中は重いが桧山は放置して、マンガに目を落とす。
そのまましばらくマンガを読み進めた。
勧めてくるだけあって、中々に面白い。
だがそれほどページ数がなかったので、すぐに読み終えてしまった。
「なあ、これさ──」
感想を言おうと口を開きかけた時、桧山の腕が俺の前で交差した。
さっきキッチンで戯 れてたのとは違う。
桧山の吐息を耳のすぐそばで感じる。厚い胸板が呼吸で上下している。
左手が右腕を掴むほどしっかりと回されている桧山の腕……
(なんで俺──抱きしめられてんだ?)
時間と思考が止まった。
いや、止めてる場合じゃない。ちゃんと考えないとダメだろ。
何が起きてるんだ。
本当にこれは抱きしめられてんのか?
桧山に説明を求めた方がいいのか?
意味なんかあるのか?
桧山の行動が意味不明すぎて冷静に頭が働かない。
右腕のせいで振り解くことも出来ない。
右腕……?
俺はようやく一つのことに思い至った。
けれどそれは僅かすぎる可能性だ。
だが、なにも言わずにこの状況は耐えらえない。
「桧山?……手、痛てえのか?」
痛かったところで、俺を抱きしめる意味が分からない事には変わりがない。
でも痛いから縋 った、と無理にでも解釈出来ないこともない。
「──優しいよ、佐倉」
桧山は絞り出すような声でそう言った。それはとても俺の事を『優しい』と言っているようには聞こえなかった。
どちらかというと真逆の、非難めいた意味で言っている気がした。
(俺はなにか、とんでもない間違いを犯している?)
「あ。そっかー、ごめん。食後に痛み止め飲むの忘れてた。どおりで、すげえ痛てえはずだわ」
だが一転して明るい声でそう言うと、桧山は何事も無かったように体を離し、右腕を摩りながら、笑顔を見せた。
それは名前通り凪いだ海のような文句の付けようのない穏やかな笑顔だった。
「なあ佐倉、下から水持ってきてー」
「ああ──いいよ」
言われるがままに動いたが、たったいま己の身に起きたことが衝撃すぎて、現実だったのかどうかさえも曖昧だ。
自分の記憶に自信が持てないまま俺は階下へ降りた。
可能なら夢でも見たことにしたい。
──でも、夢じゃないだろ。
タチの悪い冗談?
──ならなんで桧山は何も無かったことにしたんだ?
頭の中がぐちゃぐちゃだ。やりたい放題、おもちゃを散らかした子供部屋みたいになってる。
考えが全く纏まらないまま、機械的にコップに水を汲んで二階に戻る。
部屋に入る直前で足が竦 む。
桧山の顔がまともに見れないかもしれない。
このままだと変な態度を取ってしましそうだ。
俺はその場で深呼吸して心を落ち着けた。
繰り返しているうちに段々頭の中の混乱が収まっていった。
(桧山が無かったことにしてんなら、いいじゃねえかそれで。有ったところで痛くて縋ってたんだし)
桧山はスキンシップ過剰な、怪我して気が弱ってるただの甘えたがり野郎だ。
俺の中で、そう結論付ける。
「水、持ってきたぞ」
そう言って渡そうとすると、桧山は俺の手ごと両手でコップを包んだ。
「サンキュー……もう戻って来ないかと思ったよ?」
そして、どう見ても悪いことしか考えていないような微笑みでニコニコと俺を見る。
さっきの今で、ぬけぬけとこんな態度を取れる。
喰えない奴だと今日帰り道で学んだはずだ。
そうだ、そんな重要なことを俺は忘れていた。
「頭からぶっ掛けるぞ。早く受け取れ」
こいつはこういうコミュニケーションの取り方をする奴なんだ。
そう思ってしまえばもう動揺することもない。
その後、桧山の自慢だというゾンビのDVDコレクションの中から、特にオススメの一本を観せられて帰ってきた。
桧山は何故か、俺には同じように見えるゾンビ物ばかり何本も持っていた。
何かウンチクを垂れていたが、殆 ど適当に聞き流していたので覚えていない。
よっぽどゾンビが好きらしいことは分かったが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
家に帰って、部屋の隅にカバンを放り投げる。
それからベッドにひっくり返った。
(なんか、疲れたな──)
無性に茅野の声が聞きたい。
スマホを取り出して見る。特に茅野から連絡は来ていない。
まだ23時台だし寝てはいないだろう。
俺は通話のボタンを押した。
「佐倉?今帰ったの?」
ああ、茅野の声だ、と思った。
「──ああ。ただいま」
「おかえり。なんか……疲れてる?」
(すげえな、声だけで分かんだ)
声に出しているつもりは全然なかったのに。
「ちょっと、疲れたかも」
「……桧山となんかあった?」
「いや何も──」
と咄嗟に言って心の中で『嘘だ』と思ってしまう。
だが、あんな説明のつかないことを言って茅野を心配させる必要もないだろう。
「なんもねえよ。ただ、俺あいつ苦手なのかなと思って」
「苦手?」
茅野の声が少し曇る。
「嫌いってわけじゃねえよ。でも俺あんま他人とか気にしねえのに、一緒に居るとなんか気が休まんねえんだよな。なあ、俺と桧山って似てる?」
「俺は桧山のこと全然知らないけど、似てはいないと……思う」
「だよなぁ、俺も性格はちっとも似てないと思ってんだけど、なんか同じ感じがすんだよ。しかも、それなら気が合いそうなもんだけど、逆にそこが喰い合ってるような」
「それお前……」
茅野が明らかに、なにかを言い掛けて止めた。
「なんだよ」
「なんでもない」
そしてなぜか怒ったような声でそれ以上言わない。
けれど疲れている俺を労 ってか、すぐに普通の調子に戻った。
あの後どんな風に京屋先輩がセクハラをして糸目先輩に怒られていたか等を話してくれる。
俺たちはしばらく雑談をして話を終えた。
ただ電話を切る直前に少しだけ低い声で
「桧山には十分気をつけろよ。佐倉」
また、そう言われた。
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