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兄弟
一颯が意識を取り戻した時、すでに真夜中だった。
一瞬、ここがどこか分からなかったが、自分の部屋のベッドの上だと気付いた。
ハッとして起き上がろうとして、下肢の痛みに呻いてベッドに沈んだ。
「……まだ動けねぇだろ」
声の方を見るとベッドの横で駿助が椅子に座っていた。
「しゅ……」
「母さんたちには体調悪くて寝込んでるって言ってる」
一颯は不安げに駿助を見た。一颯を抱いたときの激情は収まっているようだった。
「……腕に縛られた痕があった」
「あ……」
「何があった?」
駿助は静かに話しているが、瞳の奥に怒りが燃えている。一颯は震える唇を舐めて言った。
「……最初の夜の、お前と同じだ」
駿助の肩がぴくりと揺れた。
「レイプされた」
「……誰にだ。そいつを殺してやる」
「お前だって俺をレイプしたくせに」
駿助が傷付いたような視線で一颯を見た。
───ああ。この顔だ。
年相応の弟の顔を見て、一颯はため息をついた。
犯されすぎてどうかしてしまったのかもしれないが、頭の中は妙にクリアになっていた。駿助ときちんと話すには今しかないと感じた。
「なんで、あの嵐の夜。俺をレイプしたんだ」
「……兄貴が好きだから」
「好きなのに、レイプしたのか?」
「あんたは俺の兄貴だ。男だし、兄弟だ。両想いになるなんて不可能だろ。無理矢理やっちまって、体だけでも奪っちまおうって思った。馬鹿だよな……」
駿助は自虐的に笑った。
「いつから……」
「気が付いたら……俺、兄貴でオナニーしてたんだよ」
一颯は目尻を朱に染めて駿助を見た。
「……ずっと、苦しかった。あの夜はどうかしてたんだ。けど、もう引き返せなかった」
「駿助」
「これからも引き返すつもりはない」
そう言って駿助は一颯をまっすぐに見つめた。弟は本気なのだ。
「俺はお前と同じように、お前を好きか分からない」
「……知ってる」
「でも、お前を嫌いになれない」
「一颯……」
駿助は一颯の手をそっと握った。今まで力ずくで抱いた男と同じとは思えなくらい、優しく一颯の手に触れた。
「それでもいい。俺は兄貴なしじゃ生きてけねぇよ。俺から逃げないでくれ。優しくしたい。でも、自分を抑えられないんだ」
弟の小さな呟きに一颯は胸が締め付けられた。頼りない声に幼い頃を思い出す。
ひどいことをされているのは自分の方のはずなのに……駿助を慰めて、優しく声をかけたい自分がいる。
弟は父に似ている。社交的だが父も少し激情家なところがある。
母は静かに、そんな父を受け止めている。
自分は母に似ている。
だからだろうか。そんな風に惹かれるようにできているんだろうか。
一颯は駿助の頬をそっと撫でた。
「……逃げないから、お前も自分をコントロールできるようになってくれ」
「一颯……」
どちらからともなくキスをした。ふれるだけの優しいキスだ。
これが正しいのか分からない。けれど、一颯はひとつの答えを出した。
弟は自分がいないと狂ってしまうのかもしれない。自意識過剰でもなんでもなく、事実としてそう思った。
同性だとか兄弟だとか、すべて乗り越えて弟はレイプまでして自分を求めた。
───もう……逃げられない。
一颯の心にその答えはストンと落ちた。恐ろしいことのはずなのに、一颯は身を任せようと思っていた。
駿助は一颯の隣に潜り込み、一颯を抱きしめるようにして目を閉じた。子供の頃、怖い夢を見た駿助は一颯のベッドに潜り込んでいた。そんなことを思い出していると
「……一颯。誰にやられたんだ?」
駿助が静かに聞いた。雨宮の事を思い出して一颯は震えた。その体を駿助がきつく抱きしめる。
「……雨宮さん」
「あの野郎……昔から兄貴の事を嫌な目で見てやがったよな」
「……写真……撮られた」
「兄貴は何も心配するな。俺が何とかする」
一颯は小さく頷いて目を閉じた。
静かに生きてきた一颯にとって、キャパオーバーな出来事が続きすぎていた。
一颯はこれ以上考える事を放棄して、深い眠りに落ちていった。
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