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第11話

『仕事の話ならともかく、あの出来損ないの事で話すことなどない』 やはり、兄の言葉は冷たい… 「兄さん、アキラだって必死に生きているんです、心ない態度をとるのはやめてください…」 頼むような健次の言葉にも… うるさげに… 『生かしたのはお前だ。私は一切責任を持たないと言っておいただろう…用はそれだけか?』 健次の用件が他にないと確信して電話を切ろうとするミツル。 「兄さん、兄さんにとってアキラの存在がそれだけのものだとしても、アキラにとって、兄さんは、たった一人の父親なんです」 健次は、なんとかミツルを説得しようと言葉を続けるが… ミツルは呆れたように言い返す。 「知ったことか、ならばお前が養子にでもして父親になればいいだろう。どうせアレもお前の息子と同様、お前より先に逝くだろうがな…」 どうしてもアキラを息子と認めようとはしない…ミツルの言葉は冷たい。 「ッ…兄さん!」 「情をかければかけるほど別れは辛くなる。お前は良く分かっているだろう、ほっておけばいい…」 ミツルの言葉に嘘はない… こんな冷たい人間にさえ…かつては愛するヒトがいたように… 愛すれば愛しただけ…別れは辛い… でも、人は遅かれは早かれ死ぬ運命にある。 それから逃げてはいけない… 兄さんを守って亡くなったあの人の為にも… 「兄さんは…そうやって逃げて、大切なことをすべて忘れて…兄さんを変えてくれた、あの人のことも…」 優しい心を学んだあの頃の兄に…戻ってくれたら…と喉までその禁じられた名前が口をついて出そうになるが… 『何が言いたい?』 優しい記憶は失われていて… 今更…過去を惜しんでも、一緒に微笑んでくれていた兄ミツルはかえって来ない… ここにいるのは、病院の院長となるべく教育された人物だけ… 「…兄さん、アキラとどんな約束をしたんですか…」 健次は話しをアキラの事に戻す。 『約束?そんなものは覚えない…』 「いいえ、何か条件を言った筈です。アキラは認めてもらうために必死になっています、何を言ったのですか?」 アキラの為に少しでも力になりたい健次… 『…あの日か、コウジを遊園施設に連れていく前日だったか、あまりにつっかかってくるアレを煩く思い適当に済ませただけだ…』 話しに応じてはくれているが、あまり心はこもっていない… 「適当に…って、コウジと関わる時間を作っているならアキラとも同じように接するべきです!」 頼むような気持ちで伝える健次… 『アレもそのような事を言っていたな…その時に私はこう言った、成績がすべてA評価なら…と、』 「アキラは、その言葉を信じています。達成したなら…きちんとアキラもコウジと同様、遊びにだって連れていってあげて下さい」 『その必要はない…全科目、アレが取れるはずがない』 筋神経系を犯す難病… 普通に考えても運動系で良い成績を修めるのは無理だ。 「いいえ、あの子はとても我慢強く負けず嫌いで…根性があります。一度しか会っていない兄さんには分からないでしょうが…」 分からず屋の兄に嫌みも含んでしまう。 健次は続けて… 「アキラは…やると言ったら足をひきずってでもやり遂げる子です。兄さん、忘れないで下さい、これ以上アキラに寂しい思いをさせない為に…」 「寂しい?アレにそんな感情があるようにはみえなかったがな…」 やはり無機質に答えるミツル。 感情の欠落してしまっている兄には、とうてい分からないのかもしれない… 差別され存在すら否定された子供が… それでも自分の存在価値を見つける為に… 強がって…その胸の内でどれほど傷ついているのか… 「それは…兄さんが今までアキラに無関心で、アキラがそういう子供らしい感情を抑制して生きなくてはならなくしたのは兄さんなんですよ」 「私のせいにされては困るな…最初に言った筈だ、責任は一切とらないと、初めから面倒なことになるのは分かっていたんだ。生かすべきではなかった…そう言うことだ」 生きているアキラを見てもなお、ミツルの心は変わらない… 「まだ…そんな事を…」 『私にとってはどうでもいいことだ…無駄に時間を使ってしまったな。来週末の学会、お前も参加するんだろうな…』 もう話しを仕事に切り替えるミツル。 「兄さん…」 やはり理解してはもらえなかった。 『どうなんだ?』 「…参加する予定です」 仕方なく答える健次。 『その後、食事会がある。それにお前は参加するように…わかったな』 断定的に言うミツル。 「はい」 『ならば切るぞ…』 返事を待たずに通話は途切れた。 重く息をつく健次… やはりミツルを説得することは出来なかった… 健次は自分の力足らずを悔やみながらも…アキラが生きていて幸せと思える方法を考えるしかない… 自分ならアキラをしっかり認めているけれど… 「…養子か」 アキラがもし、それを望むのであれば… 形式上でも本当の親子に… アキラなら…今は亡き妻と息子も許してくれるだろうから… 今度…話してみよう。 あんな生きていることすら認めないような父親じゃ、本当にアキラが可哀相だから… 健次は、そう心に強く思うのだった。

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