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フォーリン・ブルー 4

   *   *   * 「コネクトォオ……ッ!」  喉が裂けんばかりの絶叫に、朋坂の体もビリビリと震えた。 「祥馬っ!」  慌てて身を乗り出し、目を見張った。  超特大の魔方陣が祥馬の眼前に展開している。どれほどの大魔法を唱えるつもりだと肝が冷える。赤く、赤く燃える魔方陣。緋色の突風が渦を巻き、九吹の小さな体を包んでいる。 「おい、ライオ! 祥馬はいったい何を!」  髑髏は一瞥すらくれない。ただ、爆裂を伴うクリオネの突進から朋坂をかばい続けている。 (あいつ、魔力は空だって言ってなかったか?)  キィ……ンと空気の張り詰める甲高い音。魔力の収束。少年の顔は青白い。緋色の火の粉に照らされ、病的なまでの迫力に満ちている。あの顔は、死を覚悟した……、渾身の一撃を…………。 「祥馬、待てッ!」  声は届かない。その刹那、しかし、目を灼く緋から蒼への反転。青い光。閃光。風花とともに放たれた青い雨、矢の雨だ。アイスブルーの氷雨が九吹に降り注いでいる。  九吹は矢を受け、その場に崩れ落ちた。放たれようとしていた魔力は消沈し、巨大な魔方陣も砂塵と化した。今のは……知っている。凍てつく青い矢を放つ、あのアルマは。 「仁見くん!」  声を張り上げると、九吹を抱え上げた蒼のアルマ――仁見奏が跳躍して朋坂の眼前に降り立った。足下から灰雪が立ち上る。冷たい、美しい貌をしている。 「魔力を補充していないのですか」  絶対零度の怒気をはらんだ声に気圧される。 「そ、うだよ。まだ、」 「死にますよ、そのままだと」 「……っ」  見下した視線がぐさりと刺さる。俯く朋坂にため息を吐き、仁見は傷だらけになった九吹の体を地面に横たえた。 『ルォ、ルォオオオォ……ッ』  獲物を失ったマーテルが咆哮し、触手をめちゃくちゃに暴れさせている。ご褒美を取り上げられた駄々っ子そのものだ。ビチャ、とビルに粘液が叩き付けられる。青い光を帯びていたそれに触れればきっと、感電どころでは済まないだろう。 「チッ、あっちも早く片を付けないと。ここは私に任せて、あなた方は撤退を。そのアルマは、魂はまだ十分ありますけど魔力が危ない。長いあいだ空のままでいると体によくありません」 「死ぬ、のか?」 「……それもまた、違います」  仁見はちらりとマーテルを一瞥し、吐き捨てるように言葉を紡いだ。 「私たちアルマは、一度死んだ身です。魂を補い、魔力でコントロールしなければ存在すら出来ません」  死んだ身。  その意味を考える暇を与えず、仁見は再度跳躍してマーテルの前に立ちはだかった。マスターの姿は見えぬが、いつも通り安全な場所から合図を与えて指揮しているのだろう。  仁見は弓を三本、纏めて構える。怒り狂うマーテルを見据え、放つ。一本は触手を穿ち、一本は目玉を、そしてもう一本は目玉を更に抉り貫通する。 『ルゥゥウウウウ……ッ!』  地を這う悲鳴。ムチのようにしなる触手をひらりと避け、粘液をステップで躱す。マーテルは負けじと触手を打ち鳴らし、雷を落とした。ピシャン、という鋭い雷光。落ちた雷は地を汚す粘液の海を伝い、広範囲を走る。粘液と粘液のあいだを飛び交い、雷の火花を四方に跳ねさせる。仁見の翻る袖が焦げる。 「……っ!」  一瞬バランスを崩すも、持ち直した。身をねじる反動で一矢。飛び放つ矢はもう一度目玉を貫いた。正確なスナイプだ。  朋坂は抱き上げた九吹の体を探る。腿には帯電する太い針。止まることを知らない血が今もコンクリをじっとりと濡らし続けている。 「祥馬、おい、しっかりしろっ!」  頬を何度か叩くが、身じろぎすらしない。舌打ちをして、ネックウォーマーを脱いで傷口に宛がい、力いっぱい抑えた。  レモラの海は数が減ってきたが、特攻はいまだ続いている。ライオネルの魔力が続くかどうか怪しい。かなり切迫している。 『ルォォオオオオ……ッ!』  一段と派手な蒼光が空から降り注ぎ、マーテルを貫いた。影すら灼き払う閃光から一拍遅れ、滝のような凍雨が降り注ぎ続ける。そのひとつひとつが鋭く磨がれた氷の矢だということにすぐ気が付いた。夜をなぎ払うほどに冷たく透き通る、蒼い氷柱。ここは眩しいほどの白昼だ。 (これが、魔力を行使したアルマの力……)  唾を呑む。まるで神だ。彼が支配する空はジュデッカと通じている。地獄の氷雪地獄の怒りを体現した、目も眩む氷の神。コキュートスを統べる者。 『ル、……ゥ………………』  ズゥン……という、巨大な質量が地に伏す音に、朋坂たちのいるビルも震えた。ライオネルの魔力もちょうど尽きかけたところで、レモラの海もようやく凪ぎ始める。ほっと息をなで下ろすが、遅れてやってきた一匹がこれ幸いとばかりに飛びかかってきた。 「……っ!」  突然のことに動転して思わず目を閉じると、気絶していた九吹の手が持ち上がり、飛翔するレモラを握り潰した。びちゃ、と緑の血が飛び散る。 「よかった……っ! 気が付いたか!」  とろんとした緋色の瞳が朋坂を見上げる。長い前髪を指で避けると、ようやくしゃんと瞼が持ち上がった。 「痛みは……」  大丈夫か、と尋ねようとする前に、九吹の瞳がうるうると潤み、両腕で顔を覆った。 「うっ、……うぅ、っ」  かばった腕の下で涙が溢れ、頬をぼろぼろと流れた。ぎょっと目を見張る。 「おい、しょう……」 「弥言さぁん、……ひっく、みことさ、弥言さ……っ」  しゃくり上げながら泣きじゃくり、亡きマスターの名前を何度も何度も呼ぶ。その眼は朋坂など見えていない。幼子のように声を上げる姿に戸惑う。 「祥馬……」 「俺なんて、俺なんてぇ……っ! 野良に帰りたい、帰りたい、弥言さんに会いたいぃ……っ」  どくどくと心臓が昏く脈打つ。腕の中でか弱く泣く、最強のアルマ。威厳も何もない、ただの少年だ。養父を、そしてはじめてのマスターを亡くした迷い子。はたまた、痛みと嫌悪感を糧に、侵略者の魂を喰らい生きる未知の生き物。その剥き出しの姿が、ここに横たわっていた。  朋坂はいたいけな頬に手を伸ばす。涙に濡れる凍えた頬を高らかに平手で打つ。  この感情は、なんだ。  この、昏く淀んだ感情は……。 

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