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子羊のミュトス 3

     *   *   *  祥馬はつるりと光り輝くクリスタルを愛おしげに撫でたあと、糸が切れたように渾々と眠り込んでしまった。  朋坂はしばらく呆然としたあと、機械的に体を動かしてなんとか窓を閉め、祥馬の上から退いた。床にへたりこみ、両手で顔を覆う。それから自身の頭を何度も何度も殴りつけた。頬を殴りつけ、髪を引っ張り、爪で床を掻き、慟哭した。おのれの身に痛みを与えなければ、正気を保っていられなかった。いや、もう正気なんかではない。  憎い。おぞましい。おそろしい。汚らわしい。  このこころが、身が、いたいけな少年をいたぶったこの腕が。 『祥馬の体を傷付ける痛みを以って、あなたも苦痛を背負ってください』  仁見のことばを思い出す。重石のようにのし掛かる。  途中から明らかにおかしかった。祥馬の涙を止めなければ、魔力漏出を止めなければという思いが先行するかたちで思わず頬を叩いた。はずだった。それなのに。  祥馬の首で揺れるクリスタルが痛みと呼応するようにぴかぴかと煌めくたびに、自身の理性が、倫理観が、尊厳が一枚ずつ破かれ、剥き出しのこころを露呈させられる気分になったのだ。そして、暴れ出すけだものめいた己は、手を振り上げるたび、祥馬の瞳からはらはらと水色の涙が散るたび、――――どす黒い獣の乾きが満たされていくような満足感を、たしかに感じていたのだ。    祥馬の歴代のマスターたちは、祥馬に暴力を以て魔力を供給し続けていたという。それらは果たして、マスターだけの性分により成立するものだったのだろうか? 死にたくないから、自衛の意味でもマスターの盾たる祥馬を強くしたい。その思いはたしかにあっただろう。けれど、ほんとうにそれだけだろうか? 祥馬を殴りつけるたびに真紅に輝くクリスタル。あれは……。ゆらゆらと、催眠のように細い首筋で揺れるそれが目に入るたびに、先ほどの朋坂のように、男たちは得体のしれぬ破壊衝動に駆られたのではないのだろうか。  呪いだ。後悔や罪悪感、自身の衝動に対する恐れ、それらがない混ぜになり、凝固して喉を詰まらせた。低く唸り嗚咽を漏らすと、ふよふよと飛んでいたライオネルが飛んできて、どすんと隣に落ちた。必要な行為とはいえ、大好きなマスターに痛みを刻んだ朋坂に寄り添い、慰めてくれている。 「これで、よかったんだよな……」  軽い頭蓋骨を抱き寄せて額を寄せるが、物言わぬアークはなにも言わない。けれど、閉じた瞼の暗闇がわずかに赤く発光したのは、髑髏の咥えたクリスタルが瞬いたからだと思ったけれど、どうだろうか。

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