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マジックアワー(2)
(2)
「ったくもう、キリがねえ!」
弾丸のように突っ込んでくるレモラをチンピラキックで蹴り飛ばし、特攻してくる命知らずには渾身の頭突きをお見舞いした。巨大な落ち武者の頭を掌底で突き、横から躍り出てきた個体には体を捻り、三段の回し蹴りをお見舞いする。直線上に並んでいた群れには、召喚したパステルカラーの星々の洪水で押し戻した。巨大なマシュマロみたいな星で圧死する、グロテスクな落ち武者百足というのは――――なんとも倒錯した光景だ。
「もう、数百体は倒してる気がするのに」
それでも母体から無尽蔵に産み落とされているのか、レモラの群れは一向に規模の縮小を見せない。
息が上がりそうになる。顎から、汗の粒が滴った。獣染みた吐息を細く吐いて鼓動を落ち着かせると、真綿の息が夜空に吸い込まれていった。
「ライオ、一気に突っ込むか」
終わりが見えない消耗戦に痺れを切らしてそう提案するも、髑髏は頑として特攻を許さなかった。
我が主人の力をみくびっているわけでは決してないのだが、勝機の見えぬうちから単騎で突貫することをやすやすと許せるほど薄情ではない。せめて青のアルマが戻るまでは。そう何度も懇願し、歯を食いしばってレモラの残骸を蹴り飛ばす祥馬を、ライオネルは無言で鼓舞し続けた。主の影に潜みながら、己のクリスタルに補充されている魔力をすこしずつ錬成して、祥馬へと送り続けている。
強固な障壁を生成することのほかにも、ライオネルはいくつかの能力を有していた。
そのうちのひとつに、祥馬の魔力濃度を底上げする能力がある。自身の蓄えた魔力をアルマへと転送する際に、アルマの身体能力――――主に武器に込める魔力を、通常の倍以上にまで引き上げることができる。いわゆる、攻撃面にのみ特化したバフのようなものだ。そのぶん魔力の消耗も早いのだけれど、短期決戦に持ち込む際には非常に有用で、ここぞという時にはひそかにライオネルが魔力調整に調整を加えることが多い。祥馬が切り札として使う〝魔砲〟は、正にその能力の最たるものだ。蓄積していた魔力をすべて、なりふり構わず解放する。それで仕留めきれなければ退路どころか生命すら絶たれるのだが、おそらく――――倒しきれないということは、余程の相手でなければまず無いだろう。
とはいえ、今はどう足掻いても長期的な戦いを考えねばならない局面に違いない。その事実を了承しつつもあえて魔力回路を拡張しているのは、ひとえに消耗速度を飛躍的に上げてでも今この場を持ち堪えなければならない理由があるからだ。
祥馬のマスターが、朋坂頼世が近付いてきている。
彼がここに辿り着きさえすれば、アルマの力を補充することができる。
それならば――――、マスターの到着を信じて魔力を解放し続けるまでだ。
ライオネルはひときわ強い輝きを口元で迸らせながら、自身の真横から迫ってきたレモラを障壁で弾き飛ばした。
死に物狂いで戦い抜いてきた王者たる祥馬に食らいついてきたライオネルの根性は、伊達ではない。
と、ライオネルの赤い闘志に寄り添うようにして、ふわりと雪花が舞った。
「おや、アルマよりよほど働き者なんですねえ、祥馬のアークは」
皮肉を隠そうともしない涼やかな声が降ってくるのと同時に、祥馬は黒衣を翻して落武者の鼻っ面に膝を叩き込んだ。おびただしい量の歯が、血しぶきに混じって吹き上がる。まるで弾けたポップコーンだ。
「おっせぇよ! 俺もうほとんど瀕死なんだけど!」
「それだけ元気にキャンキャン吠えられるくせに、なにが瀕死なもんですか。ここは一旦、私が引き受けます。祥馬はアークとともに一時後退を」
仁見の足を厳かに包んだ白いブーツのヒールが、宝石を打ち鳴らすような音を奏でながら地上に降り立つ。白檀の甘やかでやわらかい薫風を孕んだ霜柱が花のように地上で咲く。しゃり、とそれを踏み潰し、祥馬は振り返る。
「しょうがねぇなぁ。……はぁーあ。戻ってきた瞬間から偉そうにして、むっかつく」
「やっぱり元気じゃないですか。それくらい喋られる余裕があるなら結構です。安心しました。さ、退いてくださいな」
ようやく足を止めた祥馬を狙って一匹のレモラが跳躍とともに突進してくるも、仁見はその軌道を見越して祥馬の前に身を躍らせると握った矢で落ち武者の頸を一突きした。真緑の血液が飛び散るも、凍気を操る仁見は返り血すらも瞬く間に凝固させてしまう。氷結の霧を結界のように張る彼の、潔癖たる象徴の白衣装が穢されることなど、ない。
「そういうところがウッザいんだよなあ。……まあいいや、じゃあ、頼んだ」
祥馬は心底イヤそうに苦い顔をするも、大人しくくるんとターンした。頭を掻きながらライオネルに目配せをする。髑髏もウンと頷き、まっすぐに伸びる暗い路地に眼窩を向けた。
ライオネルは視界を巡らせる一瞬、祥馬の顔を窺った。
死と隣り合わせで狂犬のように闘いに身を投じていた祥馬が、他人に戦場を託した。信頼を胸に秘め、戦場を離脱しようとしている。
はじめてのことだ。
あの祥馬が。
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