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第30話※トーマ視点
暴れるから大人しくしてもらうために言った言葉だった。
本当にキスをしそうになった事は誰にも言えない。
まずは誰にも邪魔されず彼と話したいと考えていた。
そこで思い付いたのは騎士団の寄宿舎の自室だった。
あそこなら訪問者はノエルくらいだからゆっくり話が出来る。
彼の友人には悪いが嘘をついて彼を連れていく事に成功した。
歩いている時、なにか質問があるだろうと思っていたがずっと黙っていて不思議に思った。
あの嘘は本人である彼ならすぐに分かった事なのに…
行き先くらいは知りたいと思わないのだろうか。
そこで寄宿舎の屋敷に到着して彼はやっと理解したようだ。
外からでも分かる話し声になにかあったのかと首を傾げていた。
自分がパレードを抜けたから?…ノエルなら性格は分かってるから周りに大丈夫だと伝えてる筈だが…
今は彼と話す事を優先しよう、なにかあればノエルから部屋に知らせにくるだろう。
裏庭の扉から行こうと思っていたら彼が震えているのに気付いた。
そりゃあ突然男の部屋に呼ばれたら怖いか。
何もしない事を伝えて頭を撫でる。
何もしない……まだ…まだ…
裏庭から屋敷に入り自室に向かう。
あまり年齢は変わらないと思うが、軽いな…ちゃんと飯を食べているのか心配だ。
部屋に入り彼を下ろした。
ノエルはいつもノックなしで入ろうとするから鍵を閉めた。
いきなり入ってきたら彼がびっくりしてしまう。
そして俺は今まさに驚いた。
彼の口から俺の名前が出たから…
名前を知ってるのは不思議ではない、今日のパレードで大々的に宣伝していたから彼も見ていたわけだし知ってて当たり前だ。
そんな事じゃない……彼は何故俺を呼び捨てで呼んだのかという事だ。
普通の初対面では俺に様付けする奴が多い…あの令嬢は最初から馴れ馴れしかったが…
様付けしなくてもくんとかさんとか、呼び捨てにする奴はあの令嬢以外見た事なかった……アレは特殊な人種だから置いておこう。
別に様付けしろとかそんなんじゃない、ただ……何故か胸が締め付けられる感じがした。
まるで初めて会ったあの夜空の下での時間の時のようだ。
…名前を呼び捨てされただけで、距離が近いと感じて嬉しいと思うなんて…
記憶は間違えていたが本能がちゃんと覚えていたんだ。
やっぱり君は……
何故名前を知ってるのか聞いたら慌てていた。
素直にパレードで知ったと言えばいいのにと思いながらあーでもないこーでもないところころ変わる顔が可愛くてつい笑ってしまった。
本当に可愛い、襲わないと約束したのに襲ってしまいそうになる。
…嫌われるのは嫌だからしないけどな。
彼をソファに座らせてキッチンに向かう。
茶葉はこの前美味しいからと無理矢理ノエルが押し付けてきた物があった筈だ。
ケーキは彼に会った時に出そうと思っていたものが冷蔵庫にある。
いつ出会っても良いように毎日手作りしといて良かった、やっと食べてもらえる。
紅茶とケーキを乗せたトレイを持ち彼がいるところに向かう。
彼の名前は知っている、けど偶然聞いたものだから勝手に言うわけにもいかず、彼の口から聞きたかった。
しかし彼は何故か言おうとしなかった。
アルトという名前は別に変ではないし、なにかあったのだろうか。
友人には呼ばせているのに…と一緒に木に登っていた少年に嫉妬した。
名前がないなら自分専用の名前を名付ければいい、何だか二人だけの特別なもののような気がしてドキドキした。
彼を呼んだのはあの子かどうか確かめるためだった。
でも今はあの時よりも胸が苦しく甘い…彼が女の子じゃないとか、そんなものが些細になるほど彼に恋をしていた。
二度目の初恋をしているようだった。
彼をどんな悪いものからも守りたい、彼が何処に居てもすぐに駆けつけるヒーローになりたい。
その名に相応しい呼び名を思い付いた。
「姫」
彼は呆然としながら見ていた。
男を呼ぶ名ではない事は知っている、でも俺とってアルトはお姫様…その事実は変わらないから仕方ない。
何だか不満そうだが、違和感は最初だけだ…徐々に慣れてほしい。
一応確認のために彼はあの時の子か確かめたらやはりそうだった…まぁ、今はもうどっちでも良いが…
まだ話したい事があった、将来一緒に喫茶店をやらないか?とか未来について…
そしてそれは間の悪い男、ノエルによって聞けなかった。
姫が帰ると言うから渋々頷きドアを開けて詳しい話は向こうでするとノエルを押す。
ノエルに姫は会わせない、絶対ちょっかい出す…女好きだから惚れはしないだろうが人をからかうのが好きな男だから姫が不快になってもう会ってくれなくなったら嫌だ。
ノエルを引き付けてる間に無事に帰れればいい。
階段を降りてノエルと共に客がいるという部屋に向かう。
「ったく、何だよ…押すなよー」
「それより客って誰だ?」
ノエルの言葉を無視したらショックを受けた顔をしていた。
その顔芸はいい、とにかく今は客の情報がほしい。
ただの客ならノエルが対応出来る筈だ、でもあのドアを叩く慌てっぷり…ただの客ではなさそうだ。
もしかしてあの令嬢?いや、彼女はこの寄宿舎に来ない…多分シグナム家の人間だから因縁がある聖騎士団の寄宿舎には来れないのだろう。
まぁ外で見張られて突撃されるから意味はない。
じゃあ他に誰だろうか、親父だったら真っ先に追い出そう。
ノエルはなんて言ったらいいか悩んでいた。
「実は俺もよく分かんなくてさー…ヒルさんが連れてきた女の子なんだけど…一応トーマも会った方がいいんじゃないかと思ってさ」
ヒルさんとは寄宿舎の管理人だ、魔力はSSランクだが主に戦場には出ず俺達が遠征に行ってる間に王都が敵に襲撃された時に出動する戦闘員だから普段は管理人をしている。
そんなヒルさんが女の子を連れてきた、いったい何者なのか。
騎士団入団希望ならここじゃなく女性の騎士団のところに行く筈だが…
考えたって分からない、とりあえず会おう。
応接室に到着してまずノエルが中に入る、まだ揉めているのか丸聞こえだ。
「俺は絶対認めない!」とか「女性専用の寄宿舎行け!」とか聞こえる、やっぱり入団希望?
ノエルが疲れた顔をしながら俺に手招きして中に入る。
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