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第31話※トーマ視点
「遅くなってすまない」
「あっ!団長!良いところに!」
騎士団員が俺に近付く、俺は周りを見渡し固まった。
ソファの横に縮こまり落ち込む少女がいた。
怒鳴る男を笑顔でなだめようとする管理人のヒルさんもいる。
随分会ってはいないが面影はある、幼馴染みのリンディだ。
そういえば親父が言っていた事を思い出す。
騎士団員がなにか感情的になり話しているのを無視してリンディの傍に行く。
リンディは俺に気付きホッとしたような顔をする。
「…トーマ、久しぶり」
「あぁ…リンディは何故此処に?」
「えっと…」
リンディが騎士団に入団は考えられない。
将来は家を継ぐのではないのか。
言えない事なのか言いにくそうに口を開けたり閉じたりしていた。
何も用がなくてこの場所に来る事は考えられない。
リンディを助けてくれと親父から言われているがリンディ自身はきっと自分の力で修行をするつもりなのだろう。
昔からそういう奴だった。
だからなにか自分じゃ解決出来ない問題が起きて仕方なく此処に来た可能性があった。
リンディを怒鳴る騎士団員に「今は俺が話してる、黙れ」と言うと悔しそうにリンディを睨み壁に寄りかかった。
リンディが話すまで待とうと思ったら俺とリンディの間にヒルさんが割り込んだ。
そういえば噂ではヒルさんは管理人室に引きこもって滅多に出てこないと聞くが珍しいな。
「大勢でか弱い女の子をいじめちゃダメだよー」
「貴方が呼んだんですか、彼女を…」
「うんそう、行く場所がないから此処で住んだら?って言ったんだ」
それで誰にも相談せず連れてきたわけか。
ヒルさんにも困ったものだ、あの騎士団員が怒るのも無理はない。
確かに寄宿舎に空き部屋はいくつかある。
しかし、俺の知り合いでも騎士ではない部外者を住まわすのはいかがなものだろうか。
それが許されるなら姫だって住んでもいい!…しかしそれが無理だから我慢して家に帰らせたんだ。
リンディが騎士団の皆を裏切るスパイだとは思っていない、ただリンディを知るのは俺と…多分ヒルだけだ、他の奴が納得するちゃんとした理由がない。
そしてこれとは別に最大の理由がある。
「何も僕だって簡単に皆が頷くとは思えない、此処に来る前にラグナロク様のところに行って許可はもうもらっている」
ラグナロクの名を聞きその場にいた騎士達はざわめいていた。
親父とは現役時代から部下だったから話しやすかったのだろう。
親父も俺の目の届かない場所に行くよりは安心だと考えたのだろう。
しかし、何故可笑しいと気付かない?普通は気付く筈だ。
俺はため息を吐きヒルさんとリンディを見た。
ここは女人禁制だ。
「この寄宿舎は男しかいない、リンディは女だ…普通なら女性の寄宿舎に連れていく筈だが…」
「えー、だっていじめられたら可哀想じゃん!細かい事気にしない気にしない」
細かくはない、もしリンディが襲われたらどうするつもりなんだ。
女性がいない空間で長時間過ごす野郎もいる、バカなんじゃないか。
幸い俺は姫にしか興奮しないからそんな事はない。
その事を伝えるとヒルさんは「僕が守るから大丈夫」だと言う。
ヒルさんだってずっと見てるわけにはいかないのに勢いで連れてきたと分かるように言ってる事に全く安心出来ない。
そしてまたなにか思い付いたように手を叩いた、出来れば聞きたくない。
「じゃあ交代制はどう?彼女を襲わなさそうな人物を新団長様が決める、初任務だよ」
「……ふざけないで下さい、こんなの任務じゃ」
「ラグナロク様が良いって言ったんだ、ラグナロク様に逆らうの?」
周りの団員達は息を飲む。
俺は舌打ちした。
長年親父の部下をしていたからか、悪いところばかり似てきたんだな。
リンディは話の最中何度か帰ろうとしたがヒルさんは通さずリンディの言葉を遮っていた。
ヒルさんが何を考えているのか分からない。
とりあえず人選だ、俺は就任したばかりだ…仕事も多く正直リンディの面倒まで手が回らない。
仕事を見て真面目な奴や恋人がいる奴に頼もうかと考えていた。
ポンポンと肩を叩かれた。
「トーマ、女の子の扱いは任せとけ!」
「…安心しろ、お前には頼まない」
ノエルの手を払いのけるとショックを受けた顔をする。
騎士団の中で一番の野獣に任せるわけがないだろとため息を吐いた。
とりあえず親父命令だと脅され文句を言う奴は騎士団の中にいなくなった。
安全を考えて俺の部屋の横の部屋に住む事になった。
ヒルさんはリンディを寄宿舎に住まわせる手続きをすると部屋の案内を俺に押し付けてため息を吐きたくなるが飲み込む。
今姫と出会って最高に幸せなんだ、その幸せが逃げたら大変だ…さっきため息吐いたが大丈夫…だよな。
話が終わりだと応接室から皆出ていき最後に俺とリンディが出た。
「ごめんね、いきなり来て」
「リンディは何一つ悪くないだろ、被害者だって開き直ればいい」
「…っでも!」
二階に上がる階段で足を止めて振り返るとリンディは不安げな顔でこちらを見ていた。
親父とヒルさんが無理矢理決めた事なのは本当だ、だからリンディが心を痛める事はない。
…そうだ、全て親父がなにかを企んでいるような気がする。
あんな親父だがヴィータ家の一人娘を野郎がいっぱいいる場所に住まわせるわけがない。
とはいえ調べれば簡単に分かる嘘をヒルさんが付くわけないから親父が許可したのは本当だろう。
親父の手のひらで転がされてるようで反吐が出る。
「リンディ、お前はなにかをするためにこの王都に来たんだろ…だったら自分の事だけを考えていろ」
「……」
こう言わなきゃずっとリンディは罪悪感で修行どころではなくなるからな。
リンディはリンディで俺は俺で、やるべき事をすればいい。
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