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第32話
さてさて、大変困った事になったと俺はハンバーグを焼きながら思う。
トーマに会うつもりなんてなく、ただ友人の晴れ舞台を見に行っただけで何故こんな事になったのか。
今度ケーキのお礼がしたいと思っていたが、よくよく考えたらトーマと俺が仲良くするなんてゲームではありえない…控えた方がいいかもしれない。
いや、リカルドの上司として呼ぶなら自然かもしれない。
カチャカチャとルカが皿を並べる。
今日はリカルドをお祝いする日、リカルドが大好きなハンバーグとお肉盛り合わせを作った。
緊張して疲れてるだろうし、これで元気になってくれたらいいな。
「それにしても、なんで騎士団長様は嘘をついてアルトを屋敷に連れてったんだろうね」
「…うーん、俺もよく分からない」
ルカにトーマの嘘だから足は痛くないと教えたら驚いた顔をしていた。
部屋でやった事といえば茶菓子を食べ、名前を聞かれたぐらいだ、誰が考えても理由は分からない。
トーマは謎だ、クールキャラではあったがミステリアスキャラにもなったのだろうか。
ハンバーグを皿に乗せるとルカが皿をテーブルに運ぶ。
するとタイミングよく部屋のドアが開く音がした。
リカルドのために鍵は閉めなかった、俺達が部屋の中にいるし寮の中で勝手に部屋に入る人はいないから大丈夫。
「おっ、いい匂い…もう腹減ってさー」
「お帰りリカルド」
「お帰りー」
リビングに顔を出したリカルドを俺とルカが出迎えた。
なんか今朝見送った時より大人っぽくなって見えた。
ジッとリカルドを見るとリカルドの頬がみるみる赤くなりなんか面白かった。
「どうした?」と聞くから「リカルド格好良かったよ」と言った。
遠くからでもリカルドの堂々とした歩きは格好良かったから素直な感想だったがリカルドは口元を押さえた。
どうしたのかと思ったら血が垂れていた。
「だっ、大丈夫!?リカルド!!」
「……へ、へーきへーき」
「そうそうただの鼻血だよ、それよりご飯冷めちゃうから早く食べよ」
ルカは慣れたように無視をして先にハンバーグを頬張っていた。
ティッシュをリカルドに渡しリカルドは鼻を押さえながら席につく。
治癒魔法を自分に使ったのか血は止まり皆で食事を楽しんだ。
騎士団はどうだったとか質問攻めをしてしまったがリカルドは笑顔で答えた。
俺とトーマの出会いは何となく言いづらくて言えなかった。
それはルカも同じなのか何も言わなかった。
二人が帰り、俺は机に向かった。
学習ノートを一枚千切り、ペンを持つ。
ゲームではあのパレードの日、ヒロインはこの王都にやって来てトーマと出会う。
トーマのパレードを見終わり、お弁当を持って姉がトーマがいる寄宿舎の周りをウロウロと歩く。
そしてトーマとヒロインが一緒にいるところを目撃して姉がヒロインに宣戦布告をする。
何処までイベントがそのままだったのか分からない。
姉にトーマの晴れ舞台だから!とお弁当を作らされたからきっと持って行ったのだろう。
ヒロインは無事に王都に来たかな、ゲームでは寄宿舎に一緒に住むんだよな…もしかしてあの騒がしかったのってヒロインが来たから?
だったら良いけど、俺の行動で何か変わってしまったのではないかと怖かった。
自分では確認出来ないが、リカルドはこれからちょくちょく寄宿舎に顔を出すようになるらしくリカルドに聞くのが一番良いだろう。
次の大きなイベントはローズ祭か、まだ日はあるからこれからの自分の行動に気を付ければいいよな。
すぐに思い出せるようにゲームの内容を思い出し簡単にメモする。
この通りにゲームが進みますようにと願い、死亡フラグは絶対に回避すると何度だって決意する。
姉とヒロインの出会いは死亡フラグに近付くように見えるが、ゲームを進めるためには必要な事だった。
姉がヒロインに出会わなければヒロインは試練を乗り越え心身共に成長して仲間との絆を深めハッピーエンドにならない。
それにヒロインはトーマとよくいるだろう、いずれ出会うならゲームとは違うところで出会ったらなにか変わるかもしれない。
俺はゲームしか知らない、他のところでイベントがあったらどうすればいいか分からなくなる…先がないから…
俺が動くのは死亡フラグと関わりあいがあるイベントのみ…全てのイベントで俺が出てくるとそれはもうゲームではない。
死亡フラグを回避するだけじゃダメだ、シグナムの人達も心を入れ替える必要がある……じゃないとバッドエンドが待っている。
俺は表立って行動出来ない、だから裏から手を回さなくてはならない。
しかしトーマと俺が出会って大きく物語が変わってしまうと思っていたのに実際は少しだけ変な部分はあるがゲーム自体はちゃんと進んでいる。
もしかしたらトーマと関わってもあまり変わらない?
死亡フラグ回避の鍵を持っているのはトーマなのかもしれない。
トーマが俺と姉を殺すんだ、トーマが変えても可笑しくない。
トーマと関わる事は悪い事ではないのかもしれない、近くでゲームの進行を見守れるし…
俺は姉の下僕になるが絶対に姉に悪い事はさせないし、シグナムの悪巧みを止める必要がある。
でも俺は魔力がなく弱い…だからこそ協力してくれる仲間が必要なのだろう。
トーマはシグナム家と因縁がある、止められるのもトーマしかいない。
トーマは、協力してくれるだろうか。
ー?視点ー
「トーマ・ラグナロク?」
「そうだ、お前に始末してほしい」
滅多に表に出ないシグナム家の当主に呼び出されて何事かと来てみればそんな話をする。
美しい満点の星空にそよ風が髪を撫でる、シグナム家の屋上はとても見晴らしがいい。
でもそれは星空が見たいとか景色がいいとかそんな理由じゃない。
この場所は王都の隅まで見渡せる、敵が何処に隠れていても必ず見つけ出す…そのための恐ろしい場所だ。
いったい何人もの魔法使いがその命を散らしたか。
そして彼も今、その命令を受けていた。
彼はシグナムの家の使用人ではない、かといって騎士でもない。
人を殺す職業、殺し屋だ…しかも名を聞いただけで震える奴が大勢いるほど有名な………勿論偽名だけど…
誰を相手でも仕事は選ばないが、ラグナロク…英雄の息子だ、いろいろと面倒だ。
「報酬は弾むぞ」
「…あぁ、分かっている…ローズ祭までに始末しろ」
ローズ祭、確か三ヶ月後に行われるイベントだっただろうか。
内容は忘れた…興味がない。
ローズ祭は大きな祭りで警備の騎士も目を光らせているのだろう。
殺るなら人混みに紛れて、だな。
名は知られてるが誰も彼の素顔は知らない、見た者は全て殺しているから…
シグナム家の当主はその場を立ち去り周りを見渡し街を把握する。
最後のシグナム家の当主の言葉が引っ掛かっていた。
『三ヶ月の間、不自然にならないようにシグナム家の使用人として潜入してもらう…アルトがいい、アイツなら多少危険な目にあっても構わない』
アルトとはシグナム家の息子だとシグナム家の当主からもらったプロフィールに書いてあった。
ガキのお守りは苦手だとため息を吐く。
まぁ本来の目的はお守りではなく暗殺だから深く考えない事にして屋上から飛び降りる。
感情など、不要なものだ…ただ人を殺める…それだけが自分が生きている証、存在価値なのだから…
青い髪が揺れながら夜の静寂した街を駆け抜ける。
自分がこの世界にいる意味はただ一つ…
ゲームの最悪なシナリオを壊す事だ。
このゲームは決してハッピーエンドにはならない、ゲームに必要ない異端者がいるから…
その異端者を殺す事が殺し屋になった理由だ。
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