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第36話※トーマ視点
リンディが寄宿舎に住み出して2日が経過した。
変わった事といえばあのシグナム家の令嬢くらいか。
あの後すぐにリンディと外に出たのが不味かった。
買い出しに行こうとしたらシグナム家の令嬢がタイミング悪く居て鉢合わせした。
リンディは初めて会うから俺の名を呼ぶシグナム家の令嬢を俺の知り合いだと思って近付いた。
俺はリンディに危ないと背中に庇うとシグナム家の令嬢は手に持っていたお弁当を投げつけて俺に当たった。
俺に当てるつもりはなかったのか驚いた顔をして見ていたがすぐにリンディを睨んだ。
リンディはシグナム家の令嬢を無視して俺の心配をしていた、それもまた許せないのだろう。
「私のトーマに触らないで!」とリンディに掴みかかろうとするから俺はシグナム家の令嬢の腕を掴みリンディに近付けさせないようにしていた。
リンディに寄宿舎に戻れと言ってリンディは素直に従った。
シグナム家の令嬢の手を離す、前にも言ったが改めて言う必要がある。
もうこれ以上周りに危害があってはならない。
もし自分がいない場所だったら守る事も出来ない。
愛する彼だったらと思うと気が変になる。
「…もうやめてくれ、君の想いには答えられない…それは今でも変わらない」
「なんで!?私の事好きにならないなんて可笑しい!」
可笑しい、か…そうなのかな、男の彼を好きな事は変なのだろうか。
もしそうだったら変で構わない、彼への恋心を忘れてしまう方がずっと怖い事だから…
子供の頃からの片思いを甘く見てはいけない。
シグナム家の令嬢に彼の事を話すつもりはない、彼になにかあったら大変だから…
でも、これだけは分かってほしい…彼への想いを…
それで簡単に引き下がるような素直な子なら苦労しない。
「真剣に好きな子がいる、だから君の想いには」
「あの女?」
「彼女は関係ない」
本当にリンディは関係ないのだがシグナム家の令嬢は全く聞く耳持たず「嘘、嘘よ」とブツブツ呟きその場を走って行ってしまった。
残されたのは中身が出てもう食べれる状態じゃないお弁当だ。
シグナム家の令嬢にはもう会いたくないが、作ってくれた人にはとても悪い事をした。
中身は捨てるしかないがせめて弁当箱は洗って取りに来た時に返そう。
結構高価そうな模様の弁当箱だから外に置いたら誰かに取られそうだ。
弁当箱関係なく、もう一度会うような気がした…あれだけで終わるとは考えられない。
そして地面を掃除して自分の部屋の台所で弁当箱を洗った。
リンディには彼女が何者か聞いてきたから話した。
他の騎士団のメンバーにも彼女の話をした。
交代でリンディを守るならリンディに危害を加える危険性がある人の情報は知るべきだ。
彼女を知るグラン・クワトロは苦い顔をしながら聞いていた。
シグナム家の令嬢をよく知るコイツなら止められるかもしれないと思ったが昔は尻に敷かれてるみたいだったから望みは薄い。
面識があるのか分からないリカルド・ライソンは「姉弟でこんなに性格違うのか」とか顔を青くしていた。
とりあえず、皆の警戒レベルが上がったから良しとしよう。
騎士が守るのはリンディだけではない、国を背負う立場なんだ…リンディを守りつつ仕事もちゃんとしなくてはな。
それが一昨日の事だ。
あれから特にリンディになにかあるわけではなく平和な日を過ごしていた。
まだ油断は出来ないけどな…
今日リンディを守るのはグランだ、一番シグナム家の令嬢に警戒しているから大丈夫だろう。
魔力は低いが武術が高い、もしピンチになったら危険信号の狼煙を上げるように言っているからいざとなったら助けに行く。
今は見回りで街を歩いている。
今日も特に何もないから一周回って寄宿舎に戻ろう。
騎士団長の引き継ぎの仕事がまだ少し残っている。
すぐに終わる量だが時間を持て余すよりはいいだろう。
そして国民何人かに声を掛けられて話し終わった時、何となく路地裏に目線を向けた。
路地裏の前には二匹の黒猫がいた。
一匹は赤い模様が混じった珍しい猫だ。
力は微力だが魔法猫なのだろうと思う。
昔は珍しくないほどいたらしいが、今では希少価値で個人で飼う事を禁じている。
子供の頃からよく俺の周りに居て遊んだりしていたから姫より長く俺の初めての友人だった。
黒猫に近付くと猫達は走り去ってしまい、少し寂しく思っていた。
ずっと路地裏の先を見ていたがなにかあるのだろうかと気になり路地裏を歩いた。
活気がある表と違い路地裏は薄暗くジメッとしていて何もない場所だ。
空気も悪く鼻を押さえる。
何もないだろうから帰ろうと路地裏に背を向けた時、カランカランとなにかが倒れる音がした。
最初は野良猫かなにかだろうと思っていたが、何だか嫌な予感がして音がした方に歩く。
何を想像してるとかではなくただの勘だ。
近付くと声が聞こえてきた。
「大人しくしろ!」という男の怒鳴る声がして人攫いかと走り出す。
「騎士団だ!貴様何をしている!」
「ちっ…」
小太りで人相の悪い男は舌打ちしていた。
男で隠れて見えないが、誰かもう一人いた。
やはり人攫いか、ならば容赦はしない。
腰に下げていた剣を握ると男は勝てないとすぐに思い、もう一人を突き飛ばし走り去っていった。
追いかけて捕まえたいが被害者を放置するわけにもいかない。
最後まで酷い事をする、そう思い怪我はないかと被害者に近付く。
そして目を見開いた。
「姫っ!?なんでここに…」
地面に横たわるのは常に会いたいと思っていた姫だった。
姫を誘拐しようとしたのか、今度見つけたら再起不能なまでにボコボコにしようと決意する。
そして姫を抱き抱え異変に気付いた。
あの人攫いは、ただの人攫いではなかったのか。
普段なら一言くらいなにか言いそうな口は呻き声しか上げていない。
体中汗を掻いていて頬が熱い。
かなりの高熱があるのだろうか、熱を計ろう首筋に触れるとビクッと体が震えた。
「あっ、ん…」
「……姫?」
姫から聞いた事がない甘い声が聞こえた。
痛かったのだろうかと手を引っ込めようとしたが姫から頬を寄せてきてドキッとした。
変な事を考えてる場合じゃない、とりあえず病院に…
チラッと姫を見る、こんな姫…他人に見せたくない。
でも放置するわけにはいかないし、どうするか。
考えていたら姫は俺に抱きついてきた。
突然積極的になりドキドキする。
「ひ、姫?」
「…あつい、くるしいよ…とーま」
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