40 / 104

第40話

目を覚ますと、窓から朝日が差し込み眩しくて窓に背を向ける。 痛い、喉も腰も…言いたくない場所も… 起きるのが嫌で毛布にくるまる。 昨日の出来事を一つ一つ思い出す。 確かトーマに会いに行ったんだ、その時後ろから声がして振り返ろうとしたらハンカチで口元を覆われて薬品のにおいがしたと思ったら意識がなくなった。 すぐに気付いたけど、その時には体が熱くてどうしようもなくなって気持ち悪い男に覆い被さられ「シグナムの野郎に仕返しだ」とかなんとか聞こえたからきっと父を恨んでる誰かなのだろう。 ボーッとなる視界にトーマが映った気がした。 それから記憶がない、理性が飛んだ。 気付いたらトーマのが入ってて、体がぞわぞわ変な感じになり叫ぶように喘いでいたような… 生前でもそういう経験がなく、どんなものか分からないが男同士で出来るのかとシミ一つない天井を眺める。 トーマは何処だろう、この部屋にはいない。 トーマ……俺、トーマと… 「いやいや!何体の関係になってんの!?…いたた」 冷静に考えて自分は何やってんだと勢いよく起き上がり、腰がズキッと痛み涙目になる。 喉も痛くてかすれてる…泣きたい。 トーマはヒロインと結ばれるんじゃないの!? 男としてどうする!?トーマはそっちの気はなかった筈だ。 トーマに協力してもらおうと来たのにどうしようと頭を抱える。 …結構ぐっすり寝た気だったが今は何時だろう、騎士さんも心配してる…かもしれないから早く帰った方がいい。 しかし腰が言う事を聞かない、ずるずる這いずるしかない。 ベッドから転げ落ちたところで寝室を覗き込むトーマが目を丸くしていた。 「良かった、目…覚めたんだな」 「…トーマ、俺…何時間寝てたんですか?」 「昨日姫を連れてきたから半日くらいか」 もうそんな経ってたのか、じゃあ昨日はここで泊まったようだ。 幸い今日は休みだが、無断外泊をしてしまった。 騎士さんも仕事だし心配してるだろう。 落ち込む俺にトーマは何を思ったのか「ごめん、俺のせいで」と言う。 トーマのせいとは思ってない、変質者に薬を嗅がされた自分が悪い。 きっとアレも俺から誘ったのだろう、うっすら記憶があり…消えたいと恥ずかしくて顔を赤くした。 トーマにベッドに再び寝かされ、喉が痛いけど今の気持ちを口にする。 「トーマは悪くないです、俺こそ変な事に付き合わせてごめんなさい」 「姫は被害者だ、何も悪くない…俺が抑えられなくて何度も姫の中に」 「わー!わー!それ以上は言わなくていい!!」 耳を塞ぎ顔を横に振る。 止めないとトーマはとんでもない事を言いそうだった。 叫んだからか喉が痛くなりゴホゴホと噎せるとトーマは心配そうに見てくる。 最後の記憶ははっきりと覚えている、トーマにされた事…自分が口にした事… そういえば中に沢山出されたのに体はスッキリしていて服もちょっとぶかぶかのシャツを着ていた。 これってトーマの? これ以上言い合いをしても解決しないので次の話をしようと思った。 トーマとしてしまったハプニングがあったが、もしかしてゲームが変わったりしてないよな。 次のイベントは何だっけ、えーっとえーっと… 「姫、路地裏でなにがあったか教えてくれ…あの男は誰だ?」 俺が悩んでいるとトーマはそう言った。 俺自身も彼が何者か分からない、シグナムを恨んでる人なんて腐るほどいる…それだけじゃ特定は難しいだろう。 分からないが覚えている限りの特徴を教えた。 ただタンクトップだったから肩に薔薇の刺青が見えた。 見かけた事がないから目立つ、長袖着たら分からないが… しかしトーマはピンときたのか俺を見た。 「…トーマ?」 「最近、隣の国で有名な盗賊団がこの王都で見かけたと目撃証言があってな………その盗賊団の特徴として体の何処かに薔薇の刺青をしているそうだ」 「じゃあまさか…」 「俺達騎士団はソイツらを追っている、すぐに捕まえるから姫は安心してくれ…もう君に怖い思いさせないから」 トーマは甘ったるいような笑みを浮かべていたベッドに座る。 まるで恋人同士のそれだ。 …俺はどんな顔をすればいいのか分からずとりあえず「ありがとう」とお礼を言った。 トーマは忙しそうだが、協力してもらわなくてはならない。 その盗賊団もゲームに登場している、リーダーのロキは三作目の攻略キャラだ。 野性的でちょっと頭のネジがぶっ飛んだ男だが一作目でトーマ達騎士団に逮捕され、三作目には更正されヒロインの仲間になった。 ロキは必要なら人殺しもする危ない奴だから関わりたくないが、このイベントもなにか利用できるかもしれない。 「トーマ、気を付けてほしい事があるんです」 「…なんだ?」 「この寮に女の子がいますよね、彼女に危険が迫っている」 トーマは驚いた顔でこちらを見ていた。 何故ヒロインを知っているのか、そういう事だろう。 この情報を信用してもらうには俺がシグナムの人間だって言うしかないだろう。 …しかし、そう言えばトーマの敵になる確率も高い。 トーマは俺がヒロインを攻撃するふりをするからトーマは安心してなんて言われても、もし俺が裏切りヒロインに怪我をさせてしまうと思ったら二度と協力してくれなんて頼めなくなる。 ……言葉は慎重に選ばないと…そもそもヒロインでなくてもいいのでは? ヒロインがその場にいてもし万が一俺以外にヒロインの命を狙う者がいたらアウトだ。 黙り考え込む俺にトーマは不安げに見つめる。 俺は考えて、思い付いた。 「…姫、アイツに危険が迫ってるって何の話だ?」 「あ、うん…ちょっと誰かが話してるのを聞いて…トーマに言わなくちゃいけないと思って」 「…………そうか」 トーマは俺の言葉に疑う素振りもなく頷いた。 こんなに信じやすくて大丈夫だろうかと心配になる。 それがアルト限定だと気付いていない。 上手く誤魔化し、ヒロインの周辺の護衛も強化され一石二鳥だ。 ヒロインが拐われたら死亡フラグ待ったなしだからまだ安心できないが、簡単には拐われないだろう。 そして一芝居やるしかない。 トーマにその目的を伝えず、やる方法が一つだけある。 俺はトーマの顔をジッと見つめるからトーマは顔を赤くして目を逸らす。 「姫、まだ治ってないからそんな顔してもダメだ…また元気になったら、な」 「そんな顔って…ち、違います!!」 俺も理解して顔を赤くして否定する。 そんな顔をしていただろうかと頬に触れるがよく分からない。 またって、もしかしてまたあんな事を!? …いくつ体があっても足りない、それに気持ち良すぎてわけ分かんなくなるのが怖い。 ゲームの世界が変わらないとも限らないし、ここではっきりしとこうとトーマを見つめる。 「トーマ、俺達…友達ですよね!」 「……友達って、でも俺達はそういう事したし」 「あれは事故のようなものだし、犬に噛まれたぐらいだって!」 「………………犬」 トーマはショックを受けた顔をしていた。 トーマだって忘れた方がいい、ヒロインと結ばれた方がトーマも幸せだろうし… 落ち込むトーマの背中を撫でて慰める。 なんでそんなに落ち込むんだ?自分の事好きなわけでもないのに…と俺は首を傾げた。 あれは治療のためにトーマがしてくれたんだってちゃんと分かってる。 トーマを見て、俺は自分も胸が痛くなるのを感じていた。 「犬って言ってごめんなさい、トーマのは立派だった…です」 「……あ、ありがとう」 こんな状態で心苦しいが、作戦を伝えなきゃ来た意味がない。 トーマにキスされても全然嫌じゃなかった、女みたいに抱かれて嫌悪感があるかと思ったらそうじゃなかった。 むしろ気持ち良かったし、辛い事を全て忘れさせてくれる魅力がトーマにはあった。 ゲームのキャラクターの中で格好よくて強いトーマが一番好きだった。 でも俺はその気持ちが何なのか知らなかった。 結果的にトーマを騙す事になるのは分かってる、けど…それしかないんだ。 シグナムの命令に背かず、そしてトーマと一緒に居られる方法… 欲張りでごめん、でもトーマにはシグナムの名は出せない…姉の事を警戒している今は… 「トーマ、いきなりで悪いんですが稽古つけてほしいんです…もうあんな目に合いたくないから自分で強くなる」 「…姫は今のままで」 「俺だって男です!守られてばかりは嫌だ」 その気持ちに嘘はない。 俺は姫でもヒロインでもないんだ、強くなりたいと思うのは男として当たり前の事だ。 自分を守るだけじゃなく、周りの人達も守りたい。 魔力ランクが低いリカルドだって魔法以外で頑張っているんだから俺だって頑張れば強くなると思った。 その決意はトーマにも伝わりどうしたものかと悩む。 本来稽古は自分とランクが近い者同士でやるのが当たり前だ。 魔力が離れすぎていると大怪我してしまう、そうなれば稽古どころではない。 俺は魔力ランク最下位でトーマは最高ランク…普通に考えて死ぬだろう。 俺は自分の考えを一つ一つ言う。 「俺とトーマのランクが違いすぎるのは分かってます、俺はZランクだし…だから魔力なしの剣術を教えてほしいんです」 「…姫は人に剣を向けた事はあるか?」 「……そ、れは」 あるわけない、だって誰かを傷付けるなんてそんな怖い事出来ない。 刃物なんて包丁しか持った事はない。 トーマは無理だと判断したのか「姫はそのままでいい」と言った。 ダメだ、そのままだと…何も解決しない。 トーマと稽古でも戦う姿を姉に見せれば何とか姉の言う事を聞いたと思わせられると思った。 そもそも稽古だとしてもトーマは俺に剣を向ける筈はなくどんな理由でも拒否していた。 トーマは「朝食用意したから食べれる?」と聞き部屋を出ていこうとして、俺は必死に止めようとした。 腰が痛くて上手く動けない。 すると小さいが確かにパリンとガラスが割れる音がした。 トーマは条件反射でしゃがむとトーマがいた頭部分の壁になにかが刺さっていた。 キラキラ輝く銀色のそれは、ナイフだ。 トーマは一気に周りに集中して警戒する。 明らかな殺意だ、トーマが襲撃されるイベントはあったがこんなのじゃない…いったい誰が… 「姫、ベッドの下に隠れ……っ!?」 「…え」 誰が聞いてるか分からなかったから小声でトーマが俺に隠れるように言おうとしたら目を見開いた。 俺も今の状況が理解出来ず固まった。 俺とトーマを遮るように真ん中に立つ青年に二人は釘付けだった。 青年の手にはナイフが数本握られていた。 何故彼がここに居るのか、俺の場所が分かったのか……それともトーマに用があるのか分からなかった。 彼は何も話さないから何も分からない。 「…騎士、さん?」 「………」 俺の言葉に騎士さんは答えず俺に背を向け、ジッとトーマを見つめている。 トーマは俺と不審者が知り合いな事に驚いていたが、なにが理由でも自分に向けられた殺気は隠せるものではない。 剣を魔法で出そうとして止めた。 俺に当たる確率が高すぎると判断して素手で戦う事にした。 トーマが構えると騎士さんはため息を吐いた。 そして俺に背を向けたまま意味の分からない事を口にした。 「…このゲームに必要のない異端者はゲームに従い排除する」

ともだちにシェアしよう!