43 / 104
第43話
少し歩いて何処に行くのだろうとリンディの背中を撫でられ見つめながら思う。
寄宿舎とかだったらトーマがいるし、行けない。
足を止めるとリンディ達も止まった。
好意はありがたいけど俺は今、どっちなのか分からない。
ゲームを変えたいのか、ゲームをめちゃくちゃにしたいのか…本当の自分は何処にいるんだろう。
無理をした歪な笑みを浮かべてリンディを見た。
「ありがとうございます、でも…今は一人にしてほしいです」
傘から離れるとまた冷たい雨が体を冷やしていく。
頭を冷やすには丁度いい温度だ。
ノエルはリンディに「彼はなにか悩みがあるのでしょう、そっとしときましょう」と言って背中を押した。
俺もリンディ達に背を向ける、危険が迫ってる事を言わないとと思ったが…俺が近くにいたらリンディが危なくなるなら離れたら大丈夫だと思って歩き出す。
トーマほどじゃないがノエルも上位ランクの魔法使いだ、そう簡単にはやられないだろう。
ぴちゃぴちゃと柔らかくなった地面を踏んでいると自分とは違う足音が聞こえた。
どんどん近付く足音に驚いて振り返ると体に衝撃があった。
足を滑らせ、泥の地面に倒れ込んだ。
背中が冷たくて気持ち悪い。
……そういえばこの服、トーマのだった…洗ったら綺麗になるかな?
もうトーマと会う事もないだろうけど…
「ごっ、ごめんね!?大丈夫!?」
「うん、平気だよ」
俺の顔を覗き込み手を差し伸ばしたリンディの手を掴もうとして手を止めた。
今の手はとっさに受け身体制になったから手も泥だらけだった。
戸惑う俺に構わずリンディは俺の手を掴み助け起こした。
後からノエルが走ってくるのが見えた。
ノエルはいきなり駆け出したであろうリンディを叱っていてリンディは謝っていた。
…何故、また戻ってきたのだろうか。
「どうして…」
「だって、悩みがあるなら一人で抱え込まないで相談してほしいの…もしかしたら力になれるかも!」
「俺達、初対面だよ」
「全ての出会いには意味がある、私の父はそう言っていたの…だからこの出会いも意味のあるものなのよ」
リンディは笑い、ノエルはため息を吐いた。
全ての出会いに意味がある……今の俺の心に突き刺さった。
俺がこの世界で生まれたのにも意味があり、周りの人に支えられた事にも意味がある。
トーマと出会い、親しくなったのにも意味があり騎士さんの正体を知った事にも意味がある。
全て自分の人生だ、ゲームの世界とか関係なく…自分の未来は自分で作ればいい。
騎士さんがゲーム通りに進めるなら俺は皆が幸せになるハッピーエンドを自ら作ればいい。
…ずっとそうしてきただろ、騎士さんに出会い…忘れていた。
それはゲームとは違う行動が出来る自分しか出来ない事だ。
まさかリンディに気付かされるとは思わなかった。
…さすがヒロインだ。
「君の幸せって何?」
「…え?えーっと、皆が笑って過ごせる事かな」
きっと作るよ、自分を犠牲にしたって自分がこの世界にいる…その意味を証明したい。
「ありがとう」と言うと何故お礼を言われたのか分からない顔をされた。
ゲームならルートが沢山あっていいだろう。
救いようのないバッドエンドがあるなら、皆幸せなハッピーエンドがあってもいいだろう。
俺は将来パン屋を経営してお客さんを笑顔にするパンを作りたい。
今まで、それだけを妄想していた。
でも今は、隣にトーマがいたらいいなって思う。
一緒に笑い合って…あの時は大変だったと思い出話が出来たらいい。
生前に初めて見た時のトーマはとてもかっこよくて一番人気があると言われ素直に納得していた。
こんな友達がいたらいいなと思うようになった。
トーマとの初対面はトーマだと知らなかったが、純粋に綺麗な子だと思った。
やっぱりゲームでも本物でも変わらない。
トーマと再び会い、過ごした時間は短かったが正直楽しかった。
トーマに抱かれた時も嫌悪感なんてなかった、むしろ気持ち良すぎて自分が怖かった。
トーマの前で騎士さんに嘘を言われた時、トーマにだけは信じてほしかった。
トーマの不信感を感じて涙した。
もう、トーマと一緒にいられない…あの暖かい瞳で見てくれない…それだけが苦しくて悲しかった。
他の誰でもない、トーマだけに…
いつの間にか、トーマに恋していたんだ。
気付くのがもっと早かったら…きっともっと早くに騎士さんが行動に移していたかもしれない。
トーマはヒロインと結ばれる事がトーマの幸せだって分かってる。
…だからこの気持ちをトーマに言うつもりはない。
けど、友達として…隣にいたかった。
………トーマ、会いたいよ。
涙を流す俺にリンディは驚いて痛いところはないか聞いてきたから笑って「大丈夫」と言いかけて言葉を不自然に止めた。
首を傾げるリンディの後ろにそれは見えた。
光るなにか、ノエルはリンディを見ていて気付いていない。
俺しか、気付いていない。
「リンディ!」
「きゃっ!!」
リンディをとっさに腕を引きバシャッと水溜まりの上に倒れ込んだ。
ノエルはいきなり俺がリンディを引き寄せたからちょっと怒り気味で「何をしてるんだお前は!」とこちらに近付く、その時ノエルの頬をなにかが横切った。
そのなにかは木に当たり、木が大きく抉れて倒れた。
すぐにノエルは剣を構える。
「よくやったわアルト、その女を捕まえるなんて…少しは見直したわ」
光が見えたところからやってきたのは、俺のよく知る姉だった。
何故姉がここにいるんだと思ったが、姉の後ろを見て理解した。
騎士さんが俺を冷めた目で見つめていた。
姉に騎士さんがまた嘘を言ったのだろう、ゲーム通りにするには姉が俺を少しでも信頼させなくてはならないから…
でも俺は運命を変える、たとえ俺の未来にトーマがいなくても…トーマの未来を守りたい。
リンディを後ろに庇おうとしたらリンディは別の力で俺から離れていき、ノエルがリンディを背中に庇い空に向かって銃を発砲した。
そしてその銃を俺に向けた。
ともだちにシェアしよう!